恋人の時間 2

 

 ボクがその人の事にはっきり気がついたのは3日前。
いつもみたいにラリーと朝の散歩をしてた時だ。
今日こそは前みたいに新次郎と朝稽古をしようと決めて出かけた日だからきっちり覚えてる。
ラリーから降りて、二人がいる場所に向かって歩いてた。
まあその時は結局勇気が足りなくて、二人の所には行けなかったんだけど。

 なんとなく、後ろに気配を感じたんだよね。
実は何日か前からちょっと気になってた。
でも殺気があるとかそういうんじゃないから、もしかしてボクのファンかも!? なんて思ったりして。
実際そんなふうにあったかい気配だったから。
でも振り返っても姿は見えないままだったから、そのままにしといたんだ。

 「新次郎ー!」
「あ、ジェミニ! おはよう!」
「おはようジェミニ」
ついにボクは勇気を出して二人の所に駆け寄った。
大丈夫、普段通りのボクでいられるって思えるようになったから。
声をかけて走っていくと、新次郎も昴さんも手を上げて挨拶してくれた。
なんだ、全然平気。
やっぱりこの二人が大好きだな、ボク!

 「この頃こないから心配してたんだよ、ジェミニ」
「ごめんごめん、いっつも朝寝坊してたんだ」
ボクは言い訳してから新次郎の隣に立った。
並んで素振りをしていると、新次郎の息遣いが聞こえてきてまだ少しドキドキする。
呼吸する音も、ちゃんと男の子の声だよ。
ボクが出会った頃よりも、もっと素敵になった。
新次郎は昴さんを選んだけれど、ボクはやっぱりまだ新次郎が好きなんだなって、確認しちゃった。
なんとなく昴さんの方をみると、昴さんは本を読んでいた。
安心しきった様子で、気持ち良さそうに芝生に座ってる。
うん。ボク、昴さんもやっぱり大好き。
二人を応援しよう。
そのうち、新次郎より素敵な人が現れたら、恋人だよ! って紹介するんだ。

 そんな風にちょっぴり悲しく過ごした最初の朝練だったけど、
次の日からはもう悲しくなんかなかった。
前と同じように、新次郎と特訓できるんだもんね。
3日目は打ち合いもしたよ。
新次郎は見た目が優しそうなのにすごく強いから、ちょっとでも気を抜くとたちまち負けちゃうんだ。
でも、ボクだって強いんだから、勝負はほとんど五分五分だ。
「誰だ!」
ボク達が打ち合いをしていたら、突然昴さんが立ち上がって叫んだ。
驚いて振り返ると、昴さんはもうそこにいない。
芝生がサッと舞って、空気が動いたから、昴さんがすごいスピードで移動したのだとわかったけど。

 「わああああ、な、なにもしてないよ! ちょっと見てただけだ!」
「怪しい奴だな、昨日も一昨日もいただろう」
「散歩コースなんだよ!」
昴さんの声が茂みの向こうから聞こえて、ボクと新次郎は急いでそこへ駆けつけた。
金髪の20歳ぐらいの青年が、昴さんに組み敷かれて地面に押さえつけられていた。
「昴さん、あんまり締めるとかわいそうですよ」
新次郎がすかさず言って、青年を助け起こす。
「甘いな君は。こいつ、この前から僕達を覗き見していたんだぞ」
「そうなんですか?」
新次郎はそのまま相手の男の人に聞いた。
素直だけど、ちょっとおばかだよね。
そこがいいんだけど。
金髪の人は、服についてた芝生やゴミを払って、口を尖らせてる。
ラフだけど高そうな服。
お金持ちなのかな。
「覗きとは失敬だな!」
「じゃあ何をしていたんだ?」
昴さんの質問はすごく冷たくておっかない。
ボク、昴さんの味方で本当に良かったなー。

 「そこの彼女……。ジェミニさんを見ていたんです……」
昴さんに問い詰められて、男の人は真っ赤になってそう答えた。
「ボク?!」
ボクを見てたの?
じゃあ、もしかしたらファンの人かも、って思ってたのは間違いじゃなかったのかな。
「俺は、ジェミニさんが好きなんです!」
「ええええー!!」
ボクと新次郎はそろって大声を出した。
昴さんは扇で口元を隠しているけれど、でもちょっと驚いた顔。
「健康的で、優しくて、とてもかわいい! まさしく理想の女性なんだ!」
一回話し出したら調子が良くなったのか、男の人はすらすら喋った。

 ど、ど、ど、どうしよう。
すきって、好きですって、そう言われちゃった。
産まれて初めてそんな事言われたよ。
ボクは両手をほっぺたにあてて、夢心地になっちゃったんだ。
ほっぺが熱い。
この人、悪い人じゃないよね。
……はー……、好きだって……、ボクのこと……。
あんまり頭の温度が上がってしまったので、ボクはみんながこっちをじーっと見ていることに、長い間気がつかなかったんだ。

 

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好きだって……!

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