楽園の華 14

 

 昴の報告を受けたサニーサイドは校長に連絡を入れ、学生たちを可能な限り早く学校から退出させるように要請した。
校長は適当な理由が見つからないと難色を示したが、ラチェットが水道局に手を回し、パイプを締めて断水してしまった。
そうなると校長も動くほかなく、水道管の破損のため、トイレも水道も使えないと、修復工事を名目に、学生たちを強制的に早退させた。

 「で、昴、学生たちをみんな帰らせて、どうするつもりなんだい?」
「池の中央に何かある。おそらく大河が消えたことに関係あると思う」
昴はスターに乗り込み、学校の中庭に向けてシアターを出発した。
夕焼けに染まる中庭、澄んだ池は昴のランダムスターが着地した衝撃を受けて、水面がキラキラと細波を起こす。
昴は再び意識を集中した。
池の中の生物たちをなるべく驚かせないよう、進入は最小限におさえたい。
そっとスターの足を踏み出し、池の中へと歩み入る。
とたんにゆるやかな波が池のふちまで到達し、さあ、と音を立てて水があふれた。
慎重に、手を伸ばして気配の中央を探る。

 池の底は柔らかな土に覆われていて、重量のあるスターはずぶずぶと埋まっていってしまう。
その土にランダムスターの指を差込み、気配の主ごと掬い上げた。

 池の底の土はヘドロのようになっているのかと思っていたが、水面からあげると、なめらかにさらさらとスターの指の隙間から流れていく。
雲母のまじった穢れのない土は夕日を受けてオレンジ色に輝いていた。
その美しさに昴は感動よりも不審を覚えた。
この池は学校が創設されて以来、特になんの手入れもされていないはずだった。
学生たちも別段池を清掃している様子はない。
カエルやメダカがいるのだから、プランクトンなども大量に生息しているはずで、池底はもっと汚れていなければいけないはずだった。
それこそ、ヘドロのように。
指の間の砂のように清浄な泥を流れるままに任せ、最後に残った白い輝きに目を見張る。
「これは……」
ランダムスターの手のひらには、柔らかな光を放つ、白いキツネの置物が残った。

 

 

 大河は他の女子高生が囲むコタツの一角に正座して、お茶を飲んでいた。
ひたすらのんびりした空気で、とても女子高生たちに危険を促したりはできそうにない。
稲荷の化身である青年は上座に座り、満足そうに女子高生たちを眺めている。
「あの、お稲荷様」
「さすがだな、正座ができるとは。やはりそなたは日本人のようだ」
満面の笑み。
「……正座ぐらいできますけど、って、そうじゃなくて……」
どうやって話せばうまくここから出してもらえるだろうかと悩んだ。
自分だけではなく、ここにいる全員を解放してもらいたいのに。
考えている間に稲荷キツネは懐から手品のようにいくつかの和菓子を取り出す。
「そなたが供え物をしてくれたのでな、幾分力を取り戻したのだ。人の信仰なくば神など無力なもの」
ひとつをプチミントに差し出して、寂しげだ。そして日本語でつぶやいた。
「これが日本ならば私ももっとたくさんの神通力が使えたものを」
「日本なら?」
大河も日本語で答えると、稲荷はハッと顔をあげた。
「そなたは日本語もわかるのか」
「は、はい。ええと、……日本に住んでいた事があるんです」
「なるほど、そなたが日本人のように思えるのはそのせいか。やはり私の嫁にふさわしい」
ますます笑みを深くする。

 しかし大河は何かがひっかかった。
嫁、稲荷キツネの嫁。
「……あの、お稲荷様」
「なんであろう」
「お稲荷様には、奥さんが最初からいるんじゃないんですか?」
「!」
社を守る稲荷は通常、オスとメスの二頭であると大河は昴に聞いていた。
なのにこのキツネの社には彼しか置かれていなかった。
大河の疑問を受けて、稲荷は眉間に深い皺を寄せうめく。
「妻はおらぬ」
「でも……」
「いないのだ」
きっぱりと言うと、さらに会話を続けようとする大河を静止するように片手を上げ、立ち上がった。
「私には社と社のある土地を守る義務がある。しかし私一人では陰の気が勝ちすぎる。陽の気を発する雌が必要なのだ」
稲荷キツネは土間を下り、玄関の扉をあける。
「私は土地を守る。……そのためだけに存在するのであるから」

 出て行く稲荷に大河以外の誰も反応しない。
大河と稲荷の間に流れていたのは結構緊迫した雰囲気だったのだが、みな幻術の影響を受けているせいか、彼女達はさっきと変わらない、ただただのんびりと平和な時間を満喫していた。

 

 

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外人さんには難しいらしいね。

 

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