楽園の華 13

 

 昼休み、昴は大河と話し合うため彼の教室へと向かった。
しかし廊下から中をうかがっても彼の姿はない。
「トイレか?」
心当たりを数箇所めぐり、もう一度教室を覗き、大河を探すが見つからなかった。
「また中庭か」
短くため息をつき、彼が気に入っている稲荷が設置された中庭へ向かった。

 建物に囲まれた敷地に一歩入った瞬間、昴は足を止める。
「……これは……」
緊張の面持ちで慎重に下がり、目を細めた。
空気がおかしい。
大気中のイオンが増加して昴の肌を刺激する。
周囲の学生たちは何も気づいておらず、中庭での昼休みを満喫していた。
「大河……」
あたりを見渡して恋人の女装した姿を探したがやはり見当たらない。
昴は慎重に歩を進め、社の前に立った。
小さな池の住人であるカエルたちが、今は池から出てみんな社の方を見ている。
建物には大河が備えた水と食べ物。
しかしそこにあるべき肝心なものがひとつ足りない。

 蒼い玉を咥えた陶器の狐。
手のひらサイズの守り神。
その狐の置物がどこにもなかった。
昴は社の正面、今は閉じている観音開きの扉を慎重に開いた。
はたして狐はそこにいた。
しかし。
「抜け殻だな」
今朝まで青白く輝いていた陶器は、いまや漆喰のごとくみすぼらしい有様だった。
その口にあったはずの玉もない。
「どういうことだ……」
狐には触れず、昴は池の場所まで下がった。
チャイムが鳴り響き、学生たちが教室へと帰っていく。
人の気配が消えると昴はまずキャメラトロンを取り出し大河にメッセージを送った。
五分ほど立ち尽くしたまま待ったが予想通り返答はない。

 昴は目を閉じ意識を集中すると、大河の霊力を探った。
見るものが見れば、青白いエネルギーが体を覆い、昴をゆらめく幻のごとく変えていくように感じただろう。
意識してリミッターを緩め、加減をせずに大事なパートナーを探す。
最初から真剣に探せば同じ建物内ぐらいであれば彼を探し出せる自信があったのだが、そうすると勘のよい一般人に自分の発する霊力を感づかれる恐れがあったから自重していた。
今はもう学生たちは近くにいないし、なにより事態は切迫していて遠慮している余裕もない。
そんな風に遠慮せず力を振るっても彼の気配はどこにもなかった。
なおも自身の制御を緩め、微細な昆虫の気配まで気取れるほどに神経を鋭敏に研ぎ澄ませた時だ。
昴はハッと池を振り返る。
「池に何か……」
カエルたちは昴の異様な気配におびえてとっくの昔に池の中へと避難していた。
その小さな生き物たち以外に何かのエネルギーを池の中央から感じる。
危険な気配ではなかった。
清浄で柔らかな、たとえて言うならダイアナのように、穏やかな気配。
昴は池に近づくと片方の膝をついてそっとそのふちを覗いた。
小さいとはいえ池の底は深い。
しかし透明度は驚くほどに高く、昴から逃げるように泳いでいくカエルたちや、メダカの群れが見える。
水草が彼らの動きにつれて揺らぎ、春の草原のように水中で輝いた。
池の直径は15メートルほど、何かがいる気配はその中央に確かにあったが、リミットを戻すとたちまち何も感じられなくなった。
そこにあるとわかっているのに、もうどんなに集中しても探れない。
それほどまでに薄く、ごく小さな気配だ。
しかしさすがに今すぐ池の中央を確認するために服を脱いで飛び込むわけにもいかなかった。

 昴はもう一度キャメラトロンを取り出し、今度はサニーサイドに向けて通信を送る。
「……大河、無事でいろよ」
そうつぶやくと、昴は身を翻し、教室へは戻らず、シアターへ向けて駆け出した。

 

 

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スカートで片膝つく昴さんは萌える。

 

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