楽園の華 12

 

 稲荷の化身である青年のあとをついていく。
彼の持っている玉が作り出した世界。
美しい空気、美しい風景。
古きよき日本の田舎。
大河の田舎にもどこか似ている。
においをかげば、決して清浄なばかりではなく、土や落ち葉の湿ったリアルな匂いもあった。
とても閉じられた場所とは思えないような現実感。

 しかし畑の作物は季節を混同しており、果物も生り放題。
誰もいないのに家畜は十分世話された状態でくつろいでいる。
踏み固められた土がむき出しの細い道。
家々の間をのんびり歩き、その中でも比較的大きい一軒家の前で止まった。
稲荷は顔を上げ。
「邪魔するぞ」
と、大きな声で宣言してから木製の格子戸を開けた。
開けた先には広い土間があり、その先にはさらに広い畳の部屋。
10畳はありそうだった。
その部屋の中央に大きな掘りごたつと、それを囲む三人の少女たちが座っていた。
彼女たちはコタツの上に洋菓子を山盛り取り揃え、ファッション雑誌などを散らかしながら、楽しく盛り上がっていたようで、稲荷の登場にもさほど気をとめない。

 稲荷が畳にあがると、彼女たちはニコニコと、
おかえりなさーい、と唱和した。
「うむ。何か不足はあるか?」
聞いたとたん、彼女たちがめいめいに、ステーキが食べたいだの、どこそこの雑誌を買ってきてだの、コーラをワンケース欲しいだのと望むアイテムを希望した。
「そなたたちに、私のあたらしい妻を紹介する」
三人の少女たちは一斉にプチミントの格好をした大河を見る。
大河は固まってしまったが、少女たちは特に不満もないようで、じゃあもっとおおきなコタツテーブルがほしいと、さらにおねだりを追加しただけだった。

 「彼女たちに、ここでの暮らし方を学ぶがよい。また夜に戻る。私は家族の欲しがっていたものを手に入れてくる」
「えっ?!」
聞き返す間もなく、稲荷の姿は小さな竜巻となって掻き消えた。
残ったのは数枚の紅葉した葉だけ。
いなくなったあとに葉っぱが残っているあたりが、昔話のキツネに化かされた話のようで、大河は葉っぱを拾ってしみじみとながめてしまった。
しかしいつまでも葉っぱを眺めているわけにはいかない。
仕方なく大河は少女たちのいる居間にあがってみた。
プチミントの格好をしているとはいえ、女子高生たちの間にまざってひとつ部屋にいるというのは落ち着かない。
「あの……」
「いらっしゃい、ここに座って、好きなの食べるといいよ」
「あ、ありがとう。……でもさ、みんな、帰らなくていいの?」
思わず聞くと、彼女たちは顔を見合わせる。
「帰るよ、明日になったら。あたし、ママと喧嘩しちゃってさ、プチ家出してるんだ」
そういうと、私も、私も、と、他の少女たちも声を合わせた。
そのうちの一人は、
「だって、カエルの解剖とか、冗談じゃないよ。あさってぐらいに帰れば、きっともう他のクラスでの解剖授業も終わってるし、そのころ帰る」
「あ、君って……!」
先月行方不明になっていた、カエルの解剖の前にいなくなった少女ではないか。
「でもみんな、二、三日って言うけど、君なんか、もう五年もここにいるんでしょ?」

 新入りの少女に聞かれ、その場の少女たちはキョトンと目を丸くして、次に全員が爆笑した。
「やだー、そんなわけないじゃん。あたしたち、みんな今日きたばっかりだよ」
「みんな一斉にここに?」
「ううん、彼女は、ええと、いつだっけ、会ったの」
「あたしは、ええと……」
みんな首を傾げては、まあ会ったのなんかいつでもいいかと笑うのだ。
大河はあわてた。
「良く見てよ、この雑誌なんか、今月のと先月のと、こっちのは先々月のだよ」
「あ、ほんとだ、あのコスプレ男、古本持ってきてたんだ」
「違うよ! 君たち、ずっとここに……」
必死で言い募っても彼女たちはまるで聞く耳を持たなかった。
問われた瞬間は不審そうな顔をするものの、次にはもう何を言っているのと笑うのだった。

 これはとてもまずい。
世界は完全に閉じられていて、精神に強く影響するようだ。
大河は青ざめて、自分の手を見た。
自分も彼女たちと同様、ついさっきここに到着したつもりだけれど、本当にそうなのか。
気づいていないだけで、もしかして、何ヶ月、へたをすれば何年も……。
ぶんぶんと首をふり、ふたたび少女たちに真実を教えようと口を開きかけたとき。
「無駄である」
後ろから、少し寂しそうな声。
「あの娘たちはここに影響されすぎる。私が完全な世界を作りすぎたせいだ」
「でも……」
「しかしそなたは違うようだ」
稲荷狐の青年の、金色の目が細くなった。
「そういう妻を、私はずっと望んでいたのだ」

 

 

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