楽園の華 11

 

 めまいのような感覚がしばし続いた後、大河が恐る恐る、硬く瞑っていた目を開けると、そこは広く開けた草原だった。
遠くには日本の農村のような家々が見える。
「あ、あれ……?」
さっきまで、確かに学校の中庭にいたはずだが。
その証拠に服は学生服のままだった。

 日差しは柔らかく、遠くにヒバリの声が響いている。
突っ立っていても仕方がないので、プチミントの格好のまま、大河は慎重に歩き始めた。
家屋は古くも新しくもなく、ほどよい使用感で手入れも行き届いている雰囲気だ。
瓦が日を浴びて鈍色に輝いている。
畑にはさまざまな野菜が鈴なりだった。
それを見て大河は眉をしかめる。
「ほうれんそうと大根、それにナス……」
採れる季節が異なるはずの野菜たちがどれも収穫時期を迎えて丸々と肥えていた。
木々にはミカンやリンゴ。
作物は豊作なのに、作業している人は誰もいない。
牛、馬、鶏ものんびりと自由に歩き回っていたが、獣たちを管理している牧夫ももちろんいない。
「なんなんだここ……」
不信感たっぷりにつぶやいたとき、防風林に囲まれた一角に立派な神社が見えた。

 巨大な鳥居は今まさに朱を塗ったかのようにつや光り、参道には雑草ひとつない。
真っ白な玉石が敷き詰められ、うつくしく白い河を作っている。
その奥に精緻な意匠の社が建っていた。
決して大きくはない。けれど、どんなに巨大な社よりも職人の力量をうかがわせる威厳があった。
その社の正面に腰掛ける人物を見て、大河は口を引き結んだ。
「……お稲荷様」
「おお、よくぞ察したな」
満足げに笑う唇が、きつねのそれのように耳まで裂けたが、すぐに元の整った顔に戻る。
顔は確かに美男子だったけれど、彼には大きな真っ白い狐の耳が頭頂からピンと立っていた。
そしてなによりも、ふわんふわんの尻尾が揺れている。
「ここはどこですか?」
「宝玉の中である。存分に満喫するがいい」
「満喫しましたから、もう帰らせてください」
狐の言葉には反論せず、大河は不満そうに口を尖らせた。
狐がくわえていた、あのビー玉のように輝いていた玉。
その中だという世界は広く美しく、とてもそんな閉じられた場所とは思えなかったけれど。

 「そなたは私の四人目の妻であるからして、簡単に帰すわけにはいかぬな」
稲荷の変化した青年は背をそらして自信たっぷりに言い放つ。
四人目、と聞いて、大河には思い当たるふしがあった。
「お稲荷様、ぼく……じゃない、わたしのほかの妻って、どこにいるの?」
「好みの家に入り込んで、好き勝手に暮らしておる」
「……元気なんだ」
「もちろんである。ここに連れてきたからには不自由はさせぬ。しかしやつらはどんなにかわいらしいかんばせであっても所詮は南蛮人。少々我が強すぎる」
「わたしもアメリカ人ですよ」
嘘であったけれど、今は金髪の少女の扮装をしているのだから、日本人には見えないはずだ。
しかし稲荷は神妙に頷いてから大河の顔をじぃっと見つめた。
「わかっておる。しかしそなたは不思議と日本人のように感じるのだ。稲荷や社の事も、よく存じておったようだし」
稲荷の化身は座っていた社から飛び降りると、プチミントの正面に立った。
さあ村を案内しよう、と笑って、ようようと歩き出す。

 大河もあとをついていく。
なんとかして他の三人と合流し、ここを脱出しなければ。
村を案内してもらえれば、出口も見つかるかもしれない。
出口とまではいかなくとも、なにかヒントぐらいは見つけないと。

 大河は最初に行方不明になった女の子のファイルを思い出していた。
彼女がいなくなったのは五年前。
少なくとも、五年間、彼女はここから出られていない。
もしかして自分もずっと閉じ込められたままになってしまったら……。
そう考えて首をふる。
なにがなんでも戻らなければ。
自分には、大事な人が待っているのだから。

 

 

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大河の性別を見抜けなかったお稲荷様。

 

 

 

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