楽園の華 10

 

 男子学生に告白されて、大河はどうしていいかわからずに頭を抱えた。
異性の学生の手紙がこっそり机に入れられていて、話があるから待ち合わせ場所に来てほしいといわれれば、それはかなりの確立で恋の告白だろう。
今になって思えば当然だけれど、さっきまでは行方不明の女の子のことで頭がいっぱいだったのだ。
黙っているプチミントに対して、男子学生は神妙な面持ちで返事を待っている。
断るしかないのはわかっているのだけれど、どうやったらこの少年を傷つけずに断れるのかがわからない。
「あの……」
「?!」
キラキラと期待のこもった少年の瞳。
うっ、と思わず後じさる。
そのときだ。

 「そいつが迷惑なのか?」
誰かに声をかけられた。
急いで振り返るが誰もいない。
後ろにあるのは古い稲荷の社だけだ。
気のせいだったのかと前を向くと、もう一度。
「そいつを追い払ってほしいか」
迷惑というか、困っているだけなのだけれど、と頭の中で考える。
追い払ってほしいわけではないけれど、帰ってくれるとうれしいなあ、と。
「わかった。願いをかなえてやろう」
「えっ」
はっきりと聞こえた声に驚いた瞬間、目の前の少年が飛び上がった。
「うわあー!」
「ど、どうしたの」
「カエル! カエルが!!」
少年は自分がカエルのように飛び跳ねながら大急ぎで制服を脱ぎ始めた。
ブレザーを放り投げ、シャツを脱ぎ、ズボンのベルトをはずして膝まで下ろしたとき、緑色の小さなカエルがピョンと池に向かって逃げ出した。

 服の中に進入した両生類がいなくなり、少年が我に返る。
まともに身に着けているのは花柄のトランクス一枚。
目の前にはたったいま告白したばかりの愛しい少女。
「お、お、お、おれ……!」
胸元まで真っ赤に染めて、少年は服を拾い集めると躓きながら駆け去ってしまった。

 勇気を出して告白したのであろう少年の悲劇に、大河はひたすら同情していた。
返事をしなくてすんだのは良かったけれど、こんなことならきちんと断ってあげればよかった。
頭の中に聞こえた声の仕業なら、半分は自分のせいかもしれない。
そう考えたとき、ちょうどまた声が響いた。
面白そうにひとしきり笑い転げ、
「助かったか」
と、まじめな声に戻る。
「かわいそうじゃないか」
「穏便に返してやったのだ。かわいそうなどということはまったくない」
声の主に、大河はある程度確信を抱いて振り向いた。
この場所には稲荷の社しか存在しない。
それに頭の中に響くこの声は人の発するものではなかった。

 社の中央、白い狐の置物が、プチミントをまっすぐに見ていた。
「余計なお世話だったよ」
大河の冷たい言葉に置物の表情が険しくなったように思えた。
「驚かないのか」
「えっと……。それほどは……」
普通の人より不思議な事に触れなれている。
しかしその辺の事情を知らない狐の置物はあせったように言葉をつないだ。
「私の力はこんなものではないのだぞ」
「ふうん」
またしても期待していない返事だったのだろう、陶器の狐がカタカタとゆれて動揺している。
「では、わが力の一端を見せてやろう」
えっ、と、問う間もなく、大河の足元がひっくりかえり、世界がぐるぐると回り始めた。

 

 

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昴さんがこの場にいたら、狐を応援したかもしれない。

 

 

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