楽園の華 9

 

 大河は前日昴に言ったように、早めに学校に到着して稲荷神社の掃除をした。
プチミントの格好なので、長い髪が邪魔にならないようポニーテールに結ぶ。
「スカートじゃなくて、ズボンならいいのにね」
陶器の狐に時折話しかけながら、社の中を丁寧に拭いていく。

 「ねえ、お稲荷様は、行方不明の女の子のこと、知ってるかな」
プチミントは陶器の狐を手にとって、きゅっきゅっと磨いた。
「ぼく、その子を探しているんだけど見つからないんだ。無事でいるといいんだけど」
そっときつねを元に戻し、きれいになった和風の建物を眺めると、満足そうにふう、と息をつく。
「そろそろ戻らないと。今度きたときは屋根を掃除するね」
じゃあ、と手を振って、プチミントは小走りに教室へと駆け去った。

 軽やかに遠ざかっていく女子高生の姿を、陶器の狐がじっと見ていた。
金と赤で鮮やかに彩られたりりしい瞳。
動くことなど出来ないはずの置物が、朝日を浴びてきらりと輝き、わずかばかり体をゆすったように見えた。

 

 大河は三日目になる教室で、何人かの友人と呼べる相手をつくり、色々と話を聞けるようになっていた。
あんまり親しくなってしまうとお別れが寂しそうだったけれど、ひと時の友情が自分の学生時代を思い出して切なくも嬉しい。
あまり声を出せないのが難点だったけれど、その分はきっと昴が情報を集めているだろう。
自分の席について、教科書を取り出そうと机の蓋をあける。
「ん?」
教材の一番上に、入れた覚えのない封書。
教科書と一緒に取り出して、封書をひっくり返すが何も書かれていない。
少しだけ周囲をうかがってから、大河はそっと封書をあけた。
中には便箋が一枚だけ。
話がしたいのでどうか昼休みに中庭に来てほしい、と、震える筆跡で書かれていた。
署名は同じクラスの男子。
プチミントの席から少し離れた斜め後ろ。
明るく元気で友人も多い、金髪にソバカスの、典型的なアメリカの少年だった。

 「もしかして、行方不明の女の子の事を何か知っているのかな」
プチミントは控えめを装いつつも、みんなが集まっているところで、さりげなく、いなくなった女の子の事を何度か聞いていた。
もしかしたらこっそりと何か打ち明けたいのかもしれないと、大河は手紙をカバンにしまった。

 約束の昼休み、プチミントは後ろの席を振り返って手紙の主に話しかけようとしたのだけれど、送り主はすごい勢いで教室を駆け去ってしまったので話しかけることができなかった。
手紙は「昼休み」としか時間を指定していなかったので、大河は昴への報告を少年に会ったあとにしようと決めて、送り主の生徒を追うようにして中庭へ急ぐ。
中庭の隅、稲荷の朱門のすぐ傍ら、少年はプチミントに背を向けて立っていた。
走ったせいだろう、息が荒くなって肩が上下している。
なんだかひどく緊張しているその背中に、驚かせないようそっと声をかけてみた。
「あの……」
「!」
驚かせないように、と気をつけていたのに、少年はビクンとその場に飛び上がり、恐る恐る振り返る。
いつもの活発な彼とは思えないほど緊張していた。
「き、き、き、来てくれたんだ!」
「うん、あの、話って……?」
もしかして、行方不明の女の子のこと? と聞こうとして、プチミントは口を閉じた。
クラスメイトの男子がぎゅっと唇と噛み、こぶしをきつく握っていた。
よく見れば膝が震えている。
そんなに言いにくい話なのだろうか。
だからみんなの前ではなく、ここに呼び出してこっそりと……。
行方不明の女の子とこの少年は、もしかして親密な関係だったのかも、などとわずかな時間に色々考えていると、
「俺……」
ようやく少年が顔をあげ話し始めた。
顔が真っ赤だ。
「あの俺……」
「うん」
「プチミント……」
「う、うん」
名前を呼ばれたとき、普段から昴に鈍い鈍いとののしられている大河にもなんとなく状況がわかってきた。
まさか、もしかして、
これは事件に関する秘密の打ち明け話などではなく……。
「俺と付き合ってくれ!」
「え、ええーっ?!」
そうきたか、と、プチミントである大河は頭を抱えた。

 

 

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昴さんは普段からすごく突っ込んでいると思う。

 

 

 

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