楽園の華 8

 

 その日、大河は特別な収穫もなく、ただ普通の学生のように授業を楽しんだだけで一日が終わってしまった。
行方不明になった女の子のことを聞きたかったけれど、そればかりを聞こうとするのは不自然だし、調査は始まったばかりなのだから慌てて進めることはないと昴に言われていたからだ。

 昴の教室に行く前に、また稲荷神社を見に行く。
社を覗きこむと、誰かが片付けてしまったのか、小さなおにぎりはすでになくなっていた。
コップに入れた水だけが半分ほど残っている。
「ぼくの他にもここに来ている人がいるのかな?」
小首をかしげ、コップも片付ける。
「お掃除の人がいるなら悪いことしちゃったかなあ……」
しかし顔を上げて屋根の部分などを見渡すと、社のほかの部分には、まだうっすらと埃が白く滞積していたり、雑草が小さな建物のそこかしこから顔を出している。
掃除の人がいるなら、真っ先にそういう部分を綺麗にしそうなものだ。
「ねずみ、とかかなあ……」
きょろきょろ足元などを覗いてみたが何もいない。

 「またここに来ていたのかいプチミント」
「あ、昴さん! 授業終わったんですか?」
「うん。……そんなにここが気に入った?」
そういうわけではないんですけど、と笑って、大河は昴に駆け寄った。
「だって、お稲荷さんは神様ですよ。大事にしないと」
昴は迷信の類を頭から信じているわけではなかったし、特定の宗教を信仰しているわけではなかったが、大河の意見に同意した。
祖国日本に住むという、神々と呼ばれる存在の中には、確かに恐ろしい力をもったものがいる。
もしも時代が時代であったなら、異端の力を持った自分や大河も、そういう存在の一部とされていた可能性もある。
決して侮ってはいけない。
この社に昴は特別巨大な力を感じることはなかったが、確かに何か訴えかけてくるものはある気がした。
大事にすれば、この学校にとってささやかでも良い影響を及ぼすだろう。

 「済んだのなら帰ろう」
「はい。明日は少し早く来て、ちょっとだけですけど掃除をしようかな」
それを聞いて昴は面白そうに苦笑した。
「好きにするといい、でも任務は忘れないでくれよ」

 学校への往復はサニーサイドが雇っている運転手が面倒を見てくれた。
本当は調査の話を聞いた加山が、ぜひ自分がプチミントさんの送迎をしたい! と熱意たっぷりに申し込んできたのだけれど、OKを出しそうになっていたサニーサイドを昴が無言の圧力で静止した。
サニーの運転手は霊力もない普通の人間だったけれど、軍人上がりでシアターの秘密の仕事についても十分承知していた。
後部座席で不穏な会話が聞こえても、口を出すことも外へもらすことも決してしない。
「僕は今日、行方不明の女子について可能な限り調査した。事前にわかっていた報告書と大差ないな」
レポート用紙を取り出し、そこへペンを走らせる。
「ひかえめで、おとなしく、優しい少女だったらしい。成績は中の中。容姿も特別よくも悪くもない。まるっきり普通の女子だ」
「学校の中でいなくなったんですよね?」
「教室を移動する間に消えた」
レポート用紙に、生物教室、と書き込む。
「生物の授業だったんですか」
「ああ。カエルの解剖」
うえー、と大河は顔をしかめ、稲荷の社近くにあった池に、小さなカエルが数匹顔を出していたことを思い出す。
あそこにいたカエルは日本のアマガエルのように小さかったので、もちろん解剖とは無縁だろうけれど、やはり気持ちの良いものではない。
「カエルが好きだった、とか……?」
「授業をサボるだけならともかく、カエルのために家にも戻らないなんてことはないだろ」
「そうですよね」

 明日の昼休み、少女が消えたときに歩いたと思われる道筋を二人でたどることにして、その日はそれぞれの家の前まで車で送ってもらった。
昴は打ち合わせと称して大河を家に泊めてしまいたかったのだけれど、ただでさえ二人きりの任務に他の隊員がやきもちを焼いているのであまり過剰に独り占めするとあとが面倒だった。
学校が始まる前にも散々独り占めしていたし、今日のところはあまり収穫もなかったから自重したのだ。
「ま、打ち合わせは二日に一度ぐらいでいいかな」
楽しそうに笑い、迎えに出てきたウォルターに上着を預けて、昴はホテルに戻ったのだった。

 

 

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昴さんだって自重することもある。

 

 

 

 

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