楽園の華 7

 

 「それで昴さん、お稲荷様がひとつだとやっぱりおかしいんでしょうか」
「古くて小さいもののようだから、ひとつは壊れたかなくなってしまったのかもね」
昴は歩きながらプチミントの顔を覗き込む。
「それで、君の報告はその稲荷神社の話だけ?」
「えっ、あ、は、はい」
なんだか不思議な雰囲気の稲荷だったので、つい夢中になってしまったが、行方不明の女の子の件を調べなければならないのだった。
けれど、まったく無関係というわけではない。
「案内してくれた女の子が、かわいくしてるとキツネにさらわれちゃうって言っていたんですよ」
「それで?」
「そ、それだけですけど……」
昴に突っ込まれ、自分がなぜあの稲荷を真っ先に調べたのかわからなくなってくる。
しょんぼり消沈すると、昴は苦笑するように微笑んでプチミントの肩をたたいた。
「まあ何か関連があるかもしれない。僕もあとで見に行ってみる。それにプチミント、君と違って僕はまったくの無収穫だったんだ。君のほうがよっぽど進展があったと言っていい」
「そうでしょうか」

 大河が目を伏せると、昴はすかさず指を伸ばした。
少女の姿をした彼のまつげにそっと触れる。
「そんなことよりもプチミント、男子生徒に声をかけられたりしなかったかい?」
「か、かけられませんよ! 昴さんこそ……」
「僕はどうでもいいさ」
かけられなかった、とは言わなかったので、大河は少し頬を膨らませる。
その様子を見て昴は大河が何を考えているのかすぐにわかったのだろう、笑って頷いた。
「だって、情報を集めるのだから、愛想を良くしないとね」
「そっかあ、じゃあぼくも……」
「君は女子から情報を集めればそれでいい」
「え、でも……」
「調子に乗ると正体がばれるぞ」

 そっと話すだけなら大丈夫ですよ、と言いたかったけれど、昴の声がなんだか怒っているように聞こえたので大河は黙った。
放課後もあちこち調査をしたかったのだが、転校初日からあまりウロウロしていては変に思われるということで、この日は帰宅することになった。
大河は稲荷のことがなんとなく気になったのだけれど、やはり行方不明事件とは無関係だろうし、今すぐ見に行ってみようとは言えなかったのだ。

 

 翌朝、大河は使っていなかった小ぶりのコップと、お弁当のついでに作ったお供え用の小さなおにぎりをカバンにつめた。
授業が始まる前にお稲荷さんの社を覗く。
昨日と同じように鳥居の前で一礼し、プチミントは思わず笑顔になった。
相変わらず陶器でできた手のひらサイズの白キツネが行儀良く座っている。
昴の言葉を思い出し、良く観察してみると、確かに口に玉をくわえていたが、手にとってひっくり返してみても性別まではわからない。
キツネをもとの場所に戻し、持ってきたコップに水筒から水を注ぐ。
「お酒じゃないけど我慢してね。学校だから、お酒は持ってこられないんだ」
お団子ほどの大きさのおにぎりも隣に。
「油揚げはやっぱり売ってなかったよ」
えへへ、と、プチミントは社のキツネに笑いかけた。
「ここに来ていたのか」
背後から声をかけたのは、一緒に女子高生として学校に潜入している昴だ。
「昴さん見てください。ほら、ちゃんとキツネがいるでしょう」
「ふむ、確かに一匹だけだね」
昴はあまり興味がないようで、稲荷よりも周囲の様子を観察しているようだった。

 「昨日帰ってから調べたんだけど、この学校が建てられる前、ここに日本大使の個人邸宅があったようだ」
「大使の?」
「うん。きっとその家にあった稲荷なんだろうけれど、紐育ではめずらしいものだし、学校を建てた人がそのまま残したのだろうね」
昴は背の低い朱色の鳥居の下に立ち、手を伸ばして慎重に触れていた。
「手入れはよくないが、紐育で見よう見まねに作ったものではなく、日本の職人が作った本物だな」
「はい。ここにいるとなんだか落ち着きます」
にこにこ笑顔のプチミントを見て昴は苦笑した。
昴自身も、この場所に来て落ち着いた気分になってしまったからだ。
もう長い間祖国に戻っていないのに、日本の風景の中に立って、いまさらのように心が落ち着く自分が恥ずかしかったのだ。

 

 

 

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性別確認に興味深々。

 

 

 

 

 

 

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