楽園の華 6

 

 放課後、昴と合流しようと隣の教室に行くと、昴のクラスはまだ授業を続けていた。
どうやら大河のクラスより、今日は一時間終業時間が遅かったようだ。
一応任務で来ているのだし、一時間もただ待っているのはなんだか申し訳ない気がして、少し悩んだけれど、昼に気になった稲荷に行ってみることにした。

 整えられた芝生の中庭。
広い敷地の片隅に、そこだけ小さな森のような佇まいの社(やしろ)
大河の身長でも背をかがめないとぐぐれないほど低い鳥居。
けれど朱塗りのそれは小さくとも威厳があり、周囲は完全にアメリカの庭園なのに、そこだけ日本の風景のように見えた。

 そっと近づき、鳥居の前に立つ。
プチミントの格好をしている自分が神の社に入ると思うと少し申し訳ない気分になったが仕事なのだから仕方がない。
昼間感じたようなゾワゾワする感覚は今も少しだけ残っていた。
けれど正面から訪れてみれば、そそくさと通り過ぎた時と違って、なにやら歓迎されているような空気さえ感じた。
大河は鳥居をくぐる前にかるく会釈をしてから、苔むした岩の間に立つ古い社の中をのぞいてみる。

 まず目に入ったのは、真っ白な陶器製のキツネ。
手のひらに乗るサイズの小さなキツネは、一匹だけが社の中央に姿勢良く腰を下ろした格好で置かれていた。
口にはビー玉のように輝く、青いガラス球を咥えている。
手入れされていないらしく、なめらかな表面にホコリが積もっていた。
それが気の毒に思えて、大河はハンカチを取り出しキツネを綺麗にぬぐってやった。
すぐにキツネの置物はツヤツヤと滑らかに輝きだす。
飴細工のように、内側から輝くような、透明感のある光。
お供え物は何もない。
大河はポケットを探ってみたが、入っていたのはミントのキャンディだけだ。
しかし何もないよりはましかもしれないと、極彩色のフィルムに包まれた飴玉をキツネの前に置いた。
「本当はお水もほしいよね」
しかし水や酒を供えるような器はどこにもなかった。
さすがに飲み物はポケットから取り出せず、大河はペコリと頭を下げる。
「お稲荷様、しばらくこの学校でお世話になります」
二拍して、もう一度頭を下げる。

 なぜ紐育の学園、その中庭に稲荷の社があるのか気になった。
しかしよくよく見れば、隅に位置しているとはいえ、小さな社は堂々と庭を睥睨できる場所に鎮座している。
「ここにあなたを祀った人は、お稲荷様が好きだったのかな……」
背が低いとはいえ、緑の木々に囲まれて、掃除さえ行き届いていればとても居心地よさそうだ。

 

 昴と合流したあと、真っ先に稲荷の事を報告すると、昴は眉を寄せて不審げな顔をした。
「キツネの人形は一体だけ?」
「はい。真っ白の、すごくかわいかったですよ」
「ふむ……」
考え込んでいる昴に、大河は首をかしげた。
「何かおかしいですか?」
「普通、稲荷に祀るのは白いキツネ」
では問題ないのではないかと言おうとしたとき、
「……そのつがいを祀る」
「つがい?」
「豊穣を願い、狛犬のように、オスとメスを守り神として祀るんだ。狛は阿吽の対になった姿。稲荷の場合は狛の代わりに、玉をくわえた白キツネの場合が多い」
「狛犬もオスとメスなんですか?」
そんなことも知らないのか、と言いたげに昴はチラリと大河を横目で見たが、すぐに咳払いをして説明を続けてくれた。
「神社でよく狛犬を観察すればわかる」
「見た目でわかるんですか?」
「ああ。性器がちゃんとついているよ」
「……!?」
とたんに大河は耳まで真っ赤になった。
プチミントの姿のまま、そんな話題で頬を染めている大河を見ていると、昴のほうまで顔が熱くなる気がした。
「君もハタチの男なんだから、いちいちそれぐらいで赤くなるな」
「そ、そういわれても……」
うつむいてもじもじと恥らう姿も女子にしか見えず、昴はこっそり下を向いて笑ってしまったのだった。

 

 

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昴さんもさぞかし萌えることでしょう。

 

 

 

 

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