楽園の華 5

 

 案内されたクラスは、誰がどう見ても、ごく普通の、一般的な教室だった。
男子学生と女子学生が半々ほど。
大河は全員を確認するように教室を見渡した。
プチミントに興味津々の男子生徒や、転校生より自分の前髪が気になっている女子生徒。
おかしな雰囲気はどこにもない。
どこにでもある一般的なクラスだ。

 教師に促され、簡単な挨拶をして席に着く。
15歳という設定だったが、大河はみんなに注目されすぎてバレてしまうのではないかと気が気ではなかった。
実際は20歳の男性なのだから、バレないほうがおかしい。
けれど誰も不審そうな顔をしないので、大河は大きな安堵とわずかばかりの落胆を感じた。
ひとりぐらいは、あいつ男なんじゃないかと疑いのまなざしを向けてくれるのではないかと思っていたのだけれど。
もちろん、バレたらそこで終わりだし、そんな事になったら計画が台無しだとわかっていても、少しだけガッカリしてしまうのだった。
授業の内容も、ごく一般的な高校生のものだったから、大河はとても退屈だったけれど、せめて真面目な学生のふりをしようと、せっせとノートをとる。
そうしているうちに、本当に学生のような気分になってきて、書き出す手にも力が入り、いつのまにか真剣になっていた。

 きちんと要点を整理したノートを眺め、満足のため息をつくと、丁度終業のチャイムが鳴った。
途端にクラスの生徒が近寄ってくる。
友好的な少年少女たちがかわいく思えて、大河も演技ではなく笑みがこぼれた。
しかしあまり声を出して喋るわけには行かない。
ひかえめに返事を返したり、頷いたり、暗い子だと思われるかと心配したのだけれど、そんな事はなかったようで、男子生徒にも女子生徒にもそこそこ好印象をのこせたようだった。
その証拠に、一人の女子生徒が、昼休みになったら学校の中を案内してあげると約束してくれた。
本当は昼休みに昴と落ち合って、お互いの状況を確認したかったのだけれど、調査を進展させるチャンスだったのでお願いすることにした。

 案内をかって出てくれたのは、特別美人でも、目立ちたがりというわけでもない、ごく普通の少女だった。
転校生のプチミントを見て、単純な親切心から声をかけてくれたようだ。
その少女と並んで、学校の中を歩く。
「ねえねえ、プチミント、あなたって、クラスの男子で誰が一番カッコイイって思った?」
「プチミントって、背が高いよね、モデルになれるんじゃない?」
「金髪いいなあ、あたし染めようかなあ」
彼女はプチミントが返事をしてもしなくても、かまわず喋り続けた。
女子高生らしいかしましい話題の数々についていけなかったので、黙っていても会話が進展するのはありがたい。
学校はなかなか広かったが、迷子になるほど複雑ではなかったし、ましてや誰かが学校の中で行方不明になってしまうような怪しい場所も見当たらない。
実際には日陰になった細い通路などもあるだろうから、怪しげな場所も存在するのかもしれないが、今日転校してきたばかりなのに、人目につきにくい場所はありますか、などとは聞けなかった。

 「さ、これで一通り案内しおわったよ。帰りは中庭を通っていこうか」
「うん!」
言葉が少ない分、精一杯の笑みを返すと、少女は頬を染めた。
その反応が不思議で首をかしげると、彼女はばら色の頬のまま首をふる。
「あんまり素直でかわいいと、キツネにさらわれちゃうよ」
ほんの冗談のような軽い口調だったが、大河は驚いて目を見張る。
キツネにさらわれる、なんて、日本の昔話のようだ。
紐育でもキツネが化かすというような物語があるのだろうか。
大河が驚いた事に少女も気づいたようだった。
「本気にしないでよ、中庭にヘンなのがあるから、そういうホラーな噂があるってだけ」
「ヘンなの?」
「うん、ほらあれ」
少女が指差す先、中庭の片隅には小さな池がしつらえられ、周囲に背丈ほどの密度の濃い木々がみっしりと植わっていた。
その木々の隙間に、大河には見慣れた赤い門がちらりと見える。
「あれ、どっかの国のキツネの神様なんだって。チャイナだかロシアだか……」
「日本だよ」
「あー、そうそう日本」

 遠めに見える、朱色の鳥居、神の門。
ここからでは見えないが、奥には小さい社もあるようだった。
案内役の少女に近寄るつもりがないようだったので、大河も興味のないふりをして、ドキドキしながら中庭を通り過ぎた。

 

 

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シアターのみんなが、15歳余裕でいけると判断したのでしょう。

 

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