楽園の華 4

 

 

 制服姿の昴は、鏡の中の自分を確認した。
問題はない。
「どこかきつかったりしませんか?」
「大丈夫だよ杏里、ありがとう」
大河と違い、既製の制服に直しは必要なかったのだけれど、衣服にこだわりのある杏里は昴の分の制服もきちんと調えた。
だれがどこから見ても、今の昴は文句なく女子高生だ。

 ところが楽屋に戻ってきた昴はいつもの通りのスーツ姿。
学生服を期待していたみんなは一斉に不満顔だ。
特に大河はガッカリどころかビックリしたらしく、立ち上がって、
「えー?! なんでー?」
と、大きな声を出す。
「こらプチミント、女の子はそんな声を出さない」
「あ、はい、って、そうじゃなくて!」
両手を振り回し、大層納得がいかないらしい。
「だってプチミント、僕は別にみんなに見てもらわなくても、女性の姿になんの問題もないんだから、自分で確認がすめば元にもどるだけだよ」
「でもぼく見たかったです」
その場の全員が、そうだそうだとばかりに頷いていたが、昴はそんなみんなの態度はどこ吹く風。涼しい顔で悠々とソファに腰掛け足を組んだのだった。

 

 結局、昴は学校が始まるまで一度も制服姿をみなに晒す事がなかった。
一方大河の方は、出勤すると必ず杏里が制服を持って迫ってくるので、仕方なく毎日女子高生の姿で過ごした。
大河自身、練習が必要だと思っていたせいもある。
かなり恥ずかしかったし、かつらが暑かったのだけれど、それでもやはり我慢して毎日練習したかいはあった。
プチミントより短いスカートにも大分慣れたし、長い髪をうっとうしく思うこともあまりなくなった。
なるべく喋らないでいる事にも、必要なときだけはごく小声でそっと話すことも。

 

 大河は前を歩くサニーに聞こえないよう、昴にこっそり話しかけた。
「昴さん、違うクラスなんですか?」
「うん。残念だけれど、情報を集めるためにはそのほうが効率的だろう」
「一緒に勉強してみたかったな……」
任務なのだから、そんな甘えた事は言っていられないのは大河も良くわかっていたけれど、少しだけ、昴と一緒の教室でホンモノの学生のように過ごす時間が楽しみだった。
昴も苦笑するように頷く。

 今、昴は、始めて大河の前で制服を着ていた。
細身の昴に女子高生の制服はとても似合い、スカートからすらりと伸びた長い足が若々しい輝きを放っている。
保護者という名目のサニーサイドが前を歩き、そのさらに前を、案内役の教師が先導して廊下を進む。
教師は校長室に到着すると、三人を置いて出て行く。
サニーサイドは気兼ねするものがいなくなると片手を挙げ、校長に対し気安く挨拶を交わした。
今回の調査を依頼してきた本人であり、サニーの知り合いである校長は、複雑な笑顔で三人を迎える。
「よく来てくれた。それにしてもマイケル、彼らは本当に子供じゃないか、大丈夫なのかい?」
子供、と言われて幾分むっとしてしまった大河だけれど、ここでは発言権がない。
すぐにサニーが否定してくれると思っていたら、サニーも苦笑いをしていた。
「仕方ないだろ、高校の調査なんだから。でも二人ともすごく優秀だから、心配せずにまかせてよ」
子供発言を否定してもらえず、思わず昴の様子を横目で伺ってしまったが、昴はまったく気にした様子もなく無表情。
その上サニーは追い討ちのように、
「彼女達を紹介するよ」
と、まるでホンモノの女の子を紹介するように、プチミントを校長に紹介した。
これにはさすがに抗議したかったのだけれど、任務の内容を考えれば、確かに黙っていたほうがいいかもしれないと思いなおして我慢する。
大河が男であるとか、昴も大河も本当は子供ではない(昴はよくわからないけれど)こととか、秘密を知る人間は少ないほうがいい。

 紹介された大河は、小さな声で、よろしくお願いします、と呟いた。
練習したからではなく、実際かなり消沈していたから。
サニーや大河の思惑など知る由もない校長は、元気のない様子の少女に、ますます不安げな顔をしたのだった。

 

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暗いプチミント。

 

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