楽園の華 2

 

 「昴さん、ぼく、正直試験、あんまり自信ないんです」
昴の家での試験対策合宿で、大河は弱音を吐いた。
「数学は文章が少ないからいいですけど、やっぱり英語と社会史がむずかしくって……」
歴史問題などややこしい言い回しなどが理解しきれない。
「だからこうして勉強しているんだろう、ほら、どこがわからないか教えてごらん」
昴は大河につきっきりで勉強を教えていた。

 昴が今回の調査任務を引き受けたのは、この試験勉強と、大河との高校生活の楽しさを思えばこそだ。
潜入捜査とはいえ、二人で学生として高校に通える。
そうでもなければ誰が学生のふりなどするものか。
昴自身はもちろん試験勉強にわからない箇所など皆無だったけれど、彼に勉強を教えてやれるのはとても楽しい。
大河は不安がっているが、少し様子を見た限り、彼も試験には問題なく合格するだろう。
普段はのんびりしているが、伊達に士官学校を飛び級して主席のまま卒業したわけではないらしい。
合格すると思っているからこそ、サニーサイドも任務を与えたのだろうし。
「昴さん、この単語は……」
「ああ、それはね」
ぴったり隣にくっついてのんびり座っているのに、これも仕事だなんてとても美味しい。
しかも大河は教えれば教えただけ、砂が水を吸い込むように知識を受け入れる。
この数日シアターでの仕事も免除されて、ずっとこうして教えているけれど、一度教えてしまえば二度同じ質問をされることは一度もなかった。

 うーん、と唸って問題集を抱えている大河に新たなコーヒーを淹れてやり、自分のブラックも注ぐ。
「大河、今日はもうそれぐらいにしたら?」
「今日はって、もう明日試験ですよ!?」
「だからさ。早く寝たほうがいい。君は十分合格圏内だ」
「そ、そうでしょうか」
そうだよ、と笑ってやって、コーヒーを飲むと、彼もようやくテキストを閉じる。

 「合格したいな、だって、そうしたら昴さんの女子高生姿が見られるんだから」
うっとりと呟く大河とは違い、昴は君のプチミント姿が楽しみだとは言わなかった。
昴のコスプレ姿に思いをはせている間は自分の悲劇を忘れているようだったから、わざわざ思い出させるようなことはしない。
二人分の制服はすでに用意してあったのだが、大河はまだそのことを知らないのだ。
先に自分用の女子の制服などを目にしてしまったら、試験へのやる気が駄々下がりになってしまうかもれないから。
サイズを微調整した杏里は試着させたかったようだったが、試験が終わるまで我慢してもらっている。
ダイアナなど、女子の制服の上にプチミントのかつらをかぶせたトルソーを見て目の色が変わっていた。

 

 その翌日、編入試験の当日であるこの日、二人は始めて件の高校の中に入った。
高級感にあふれる床と壁、高い天井。
下調べをして知ってはいたけれど、かなりのセレブ子女が通うための学校のようだった。
制服を着ていない昴とプチミントに、学生達が時折視線をよこす。
つきそいはサニーサイドだった。
彼が保護者であれば、どんなに金持ち限定の高校だって文句は出ないだろう。
依頼をしてきたのは校長だったけれど、他の教師には調査の事を秘密にしてあった。
秘密にしろとサニーサイドが校長に命じたからだ。
もしも事件に教師が関わっていたら、調査が入ると知れた途端、証拠を隠滅されてしまうかもしれない。
だから試験の結果に手心を加える事はできなかった。
面接をしたのは教師二人と教頭、試験の監督も下っ端の新任教師のようだった。
二人まとめて面接をしたので、昴は面接の間中、大河がボロを出さないか気が気ではなかった。
それだけではなく、彼が女の子になりきって一生懸命回答するのが面白くて笑いそうになってしまう。
一方、大河の方も、普段とびきりクールな昴が、明るく元気な少女を演じているのが気になって仕方がなかった。
正面から表情を見たい。
ハツラツとした昴など、舞台でしか見たことがなかったけれど、あれはあくまでも舞台用の演技だったから。
どんなに素敵な笑顔だろうと思うとつい視線が昴のほうを向いてしまうのだ。

 なんとか面接を乗り切って、筆記試験に移ったが、こちらはそれほど問題なく終了した。
事前の合宿が効いたらしい。

 

 三日後に学校から届いた電報には、二人とも編入試験に合格したと、祝いの言葉がつづられていた。

 

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昴さん家庭教師を楽しむ。

 

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