十四章 ―返答―

 本当は新次郎の居場所がわかったら、キネマトロンで皆に連絡する手はずになっていたが、
昴はリカを連れて一旦シアターに戻った。
案の定、到着したとたんにサジータから叱責を受ける。
「まったく!なんであんたはいつもいつも連絡をしないのさ!」
だが、昴も例によって聞こえない振りをして黙殺する。

 「サニーサイド。一緒に来て欲しいんだ」
直接指名されて、サニーは驚いた。自分が現地に赴くことになるとはまったく考えていなかったからだ。
「そりゃかまわないけど、なんでだい?自分で言うのもなんだけど、荒事になったら僕は役に立たないよ」

 「新次郎を買った相手がわかった」
全員がハッとして昴に注目する。
「モナコの伯爵だよ、サニー。例の、いつも男を連れた」
その答えを聞いて、サニーサイドにも相手がわかった。
そして、昴が自分に来て欲しいと言った理由にも合点が行った。
「僕に交渉しろと?」
昴は頷いて話を続けた。
「今までも、あいつが貧しい青年や少年を、どこかからか買い取って来ているらしいなんて噂が、たしかにあった。
でも、今回は危険度が違う。あの子は誘拐されて売られたんだ。本人の意思が介入する余地はまったくない」

 証拠は山ほどある。
時間をかけてそれらを吟味し、罪に問うことも簡単だろう。
だが、昴にはそんな事はどうでもよかったのだ。
それより一刻も早く、あの子を自分の手で抱きしめたかった。
「僕とサニーとが直接行って、取り戻す。あいつは自分の快楽のためにすべての地位を失う事を良しとするほどバカじゃない」

 もちろん星組のメンバーも、自分達も連れて行って欲しいと申し出てきた。
だが、大人数で行っても意味がないし、動きにくくなるだけだ。
交渉役は二人で十分。
「新次郎と一緒に帰ってくるから、シアターで待っていてくれ」
そう言って、昴はサニーサイドの車に乗り込んだ。

 

 

 

 その屋敷は紐育市外からかなり離れた、ニューアークにほど近い場所にあった。
荒涼とした土地の中に、ポツン建った巨大な館。

 屋敷の門まで来たとき、昴はハッと顔をあげた。
「昴?」
昴の様子をいぶかしんでサニーが声をかける。

 今、たしかに感じた。
目を瞑り、もう一度感じられないかと探る。
…新次郎の気配。
近くにいる。

 この建物の中に。

 

 

 

 

 昴たちの応対をしてくれたのは、年のころ20歳ほどの執事の男だった。
早朝を理由に断られるかと思ったが、応接室に通される。
ほどなく、この家の主人である青年が現れると、執事の男は深くお辞儀をして退出した。

 「お久しぶりですね、お二方、こんな朝早くにいったいなんの御用ですか?」
昴は黙っていた。交渉はサニーサイドにまかせる事にしていたし、
なにより、先ほど感じた新次郎の気配を、なんとかもう一度察することはできないかと、集中していたからだ。
(新次郎、新次郎、近くにいるのなら、答えてくれ)

 「お久しぶりです、伯爵閣下。我々の訪問理由に、なんとなく察しはついておられるかと存じますが」
にこやかに、おだやかに続ける。
「昨日閣下が購入した貴重な品。あれ、うちから盗まれた物なんで、返して頂けないですかね」
なんて言い草だ。新次郎を物扱い。昴はサニーの交渉に不満を抱いたが、眉根を寄せて沈黙を保つ。

 青年は苦笑して言った。
「貴重な物なら昨日は沢山買ったんだけれど。たとえ盗品でも、知らないで買った僕には返す義理はないよ」
それを聞いて、今度こそ昴は立ち上がった。
自分でも自覚があったが、昨日一日、色々な事を我慢して、沸点が低い。
「盗品なんかじゃない!誘拐された子供だ!あの子は……」
そこまで言って、突然黙る。
そのまま立ちつくし、動かなくなってしまう。
続きを待つサニーサイドと青年は顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……新次郎は夢を見ていた。

 悲しい夢だ。
昴がずっと自分を呼んでいるのに、そばに行きたくても体が動かない。
仕方なくそこに留まっていると、
昴は自分を見つけられずに座り込んで泣き出してしまうのだ。
本当の昴だったら、そんな風に泣いたりしないのに。
新次郎はそう思ったが、
夢の中の昴は、新次郎の名前を呼び続け、嗚咽する。
その悲しそうな様子に、新次郎はいたたまれなくなってしまう。

 「新次郎!新次郎!どこにいるんだ!」
泣きながら叫ぶ昴の声が、新次郎の夢の世界に響いては消える。

 駆け寄って抱き付きたかったが、やはり体は動かない。
せめて、泣かないで、と、声をかけたかったが、どうしたわけか声もまったく出なかった。
必死で声を出そうと努力する。
「・・・!」
「・・・!」

 気が付いて、ぼくはここにいるから。
だから泣かないで。
全身全霊をかけて、喉から声を絞り出す。

「すばるたん!」

 新次郎の渾身の一声が泣き叫ぶ昴に届くと、昴は立ち上がって彼を見た。
よかった。聞こえた。

 だいじょうぶだから、もうなかないで。
続けてそう言おうと思ったが、夢はそこでかき消えて、新次郎は再び深い眠りについた。

 

 

 

 

 立ち尽くす昴に、サニーサイドは声をかけた。
「昴、どうした?」
振り向いた昴を見て、彼は驚いた。
昴は泣いていた。
透き通る涙は頬を伝い、細い顎からしずくになって落ちる。
「大丈夫か?昴」
サニーはこんな風に涙を流す昴を見るのは初めてだった。
だが昴は、流れる涙をそのままに。心配するサニーに向かって微笑んだ。
「大丈夫だサニー。今、新次郎が僕の呼びかけに答えたんだ。…僕を呼んだ。たしかに聞こえた」

 

 

 昴とサニーサイドは、寝室の裏側に隠されていた部屋に案内された。
青年は、今すぐに子供を返せば、自分達からは何も訴えは起こさないと言う彼らに、従う事にした。
それに、昴はどういう方法を使ってか、子供のいる場所を正確に言い当てた。
このまま隠してはおけないと判断したのだ。

 青年が扉ほどもある巨大な鏡を動かすと、そこはメインである隣の寝室と、ほとんど同じ作りの豪華な部屋であった。
キングサイズの天蓋付きのベッドに、小さな子供が一人で眠っている。

 

 眠る子供は間違いなく、昴の求めていた、ただ一人の幼子だった。

 「新次郎!」
叫んで、
駆け寄る。
ぐっすりと眠るその頬に、震える手を伸ばしてそっと触れる。
暖かい。
…暖かい。
生きている。無事で、いてくれた。
昴の流す涙が、今触れたばかりの新次郎の頬に、ぱたりぱたりと続けて落ちた。

 さっき確かに彼の声を聞いたが、それでもこの目で見るまでは安心仕切れなかった。
だが今、眠る新次郎を見て、安堵で全身の力が抜けていく。
ベッドの横に座り込み、サニーサイドを見る。
サニーは新次郎のおでこをはじき、
「皆を散々心配させておいて、ぐっすりお休み中とは、将来の大物ぶりがうかがえるね」と、笑った。

 昴は呼吸を整え、自分の涙を拭うと、立ち上がって改めて新次郎の体を点検していく。
服はもう誘拐された時に来ていたというドレスではなく、
シルクの寝巻きになっていた。
着替えさせられた時にあいつが新次郎に触れたのかと思うと怒りが湧いたが、
一度脱がせてざっと確認した所、どこにも異常は見当たらなかった。

 その昴の様子を見て、貴族の若者は、隠し扉の鏡に寄りかかったまま苦笑した。
「まだ何もしていないよ。自分の好みに育てて楽しむつもりだったんだから」
それを聞いて昴は青年に冷笑を返す。
「育てる?新次郎は二十歳の青年だ。残念だけれど、どっちにしろ君の望みはかなわなかったよ」
わけがわからずに、青年がサニーサイドを見ると、サニーは肩をすくめた。
「あの子はちっちゃいけど、君が欲しいと望んだ物じゃないんだ。
今後はそういう貴重な品物の事はスッパリあきらめて、今あるもので満足して生活しないと、僕達も手段を選んでいられなくなるよ」

 

 

 

 昴がそっと抱き上げると、新次郎は小さく身じろぎした。
うーん、と声を出して、しがみついて来る。
ほとんど丸一日眠っていたようだが、そろそろ目が覚めるのかもしれない。

 キスをして、やさしく微笑み、話しかける。
「待たせてごめん、新次郎。シアターに帰ろう。皆心配して、寝ないで君を待っているよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく取り戻せました。
って事で。昴さん。お疲れ様でした。

戻ってこられるところまで書けてよかった。
途中で力尽きたらどうしようかと思いました。
未帰還で完、なんて事になったら色んな人に殺される所でした。
とは言え、誘拐二日目はあと一回続きます。
次回が誘拐編の最終回の予定です。
最後まで気を抜かずにやらせて頂きます。
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ちびじろーおかえりと言って頂けると管理人も感激

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