十三章 ―襲撃―

 

 俺が異常に気が付いたのは、日が変わって数時間経った頃だ。
今日は大仕事を終えて、仲間で飲んで騒いでいる最中だった。
最初は5人ほどで飲んでいたのに、
トイレに行ったり、キッチンに酒を取りに行った連中が、帰ってこない。

 様子を見に行った奴もそれっきりだ。
気が付いたときには、大酒飲んでソファでイビキをかいているバカと、俺だけになっていた。

 危険を感じていっぺんに酔いが醒めた。
腰から愛用のベレットを抜いて、両手で支える。銃の重さを感じると安心できる。
低く構えて、明かりの点いたキッチンへ向かう。

 キッチンの入り口で立ち止まり、気配を殺してそっと覗き込む。
誰もいない。そう見えた。
だが、次の瞬間、すぐ近くで発砲音がして、同時に銃を持つ手にひどい衝撃が襲ってきた。
持っていたベレットが跳ね飛ばされ、遠くに転がる。

 拾おうと駆け寄ると、家中の照明がいっぺんに消えた。
それと同時に、後頭部を何か鈍器のような物で殴られて、俺はそれきり意識を失った。

 

 

 

 

 

 「リカ、うまくやってくれたな、素晴らしい精密射撃だった」
昴はリカの頭を撫でながら誉めた。
「いしししし、リカ、撃っといた!すばるも、うまくなぐったな!」
この家に乗り込んできたのは、
二人合わせても身長が3mに届かない、小さな襲撃者だけであった。

 残りのメンバーは、新次郎の居場所がわかり次第現地に向かえるように、シアターで待機していた。
昴は、倒した犯人達を、簡素な。だが、絶対に解けないという特殊な縛り方で、丁寧に縛り上げて行った。
最後に残ったソファの男も同様だ。

 家の様子を外部から観察していた時点で、指導者らしき人物はわかっていたから、
そいつだけを残し、残りの手下は外のガレージに放り込む。

 「リカ、しばらくの間、ノコと一緒に家の外を見張っていてくれないか?」
昴はリカにやさしく話しかけた。
「わかった!リカにまかせとけ!いくぞ!ノコ!」
元気良く返事をすると、玄関に向かって駆け出す。

 

 リカが出て行ったのを確認して、昴は男に近づく。
ここから先はリカには見せない。
男はきっと、ろくでもない発言をするだろうから。
そしてそれだけではなく、
昴には、自分で自分を制御する自信がなかったから。

 

 男の背後に回り、彼の頭から、バケツ一杯分の水をぶっかける。
たちまち男は意識を戻して、激しく咳き込んだ。
うろたえる男に昴はやさしく声をかけた。
「目が覚めたかい?」

 

 

 

 

 

 突然頭から冷たい水をかけられて、俺は目が覚めた。
鼻から水が入って咳き込む。
同時に殴られた頭に激痛が走り、そこに手をやろうと思ったら、両手は縛られて1mmたりとも動かなくなっていた。
状況がうまく飲み込めず、混乱していた所に、後ろからゾッとするような冷たい声が聞こえた。
「目が覚めたかい?」
穏やかな声だったが、俺にはわかる。こいつは俺を殺したがっている。

 振り向こうともがいたが、どういう縛り方をしたのか、体はまったく動かなかった。
代わりに濡れた床に無様に転がってしまう。
微笑んで俺を見下ろすその顔に驚いて、情けなくも声が出ない。
九条昴。
シアターの花形スター。俺達が攫った子供の保護者。

 

 

 

 先ほどと変わらぬやさしい声で、昴は聞いた。
「僕が何をしに来たのかはわかっていると思うが。答える気はあるか?」
男は床に転がったままうめいた。
「答える気がなかったらどうするんだ?」
その返事を聞くと、昴はつま先で男をさらに転がすと、仰向けになったその胸に片足を乗せた。
「その気がないのならば、君にはもうこの世に存在する価値がない」
足に力を込めながら、笑顔のまま続ける。
「でも、君は答えてくれるはずだ。そうだろう?」
さらに体重をかけると、男の肋骨が、みしりと音を立てた。

 男は、昴が思っていたよりも素直に、新次郎を買った男の詳細を教えた。
「俺はバカじゃないからな。こうなったら抵抗した所で無駄な面倒を背負い込むだけだ」
今日はまだ死にたくないしな、と、男は今も自分の胸に乗せられたままの昴の靴先を見ながら答えた。

 新次郎を買ったと言う男。
昴はそいつに面識があった。
過去に数回、どこかのパーティで挨拶を交わしたという程度ではあったが。
たしかに、常に若い男を従者として傍に置いていた。
サニーサイドもそいつを知っているはずだ。

 聞くべき情報をすべて入手すると、昴は男の胸から足を下ろし、そのまま立ち去ろうとした。
もう男には一切の興味を失ったように。
だが、玄関のドアに手をかけた所で立ち止まり、ひとつ深呼吸をすると、
そのままの姿勢で、男に向かって話しかけた。

 「最後にもう一つだけ教えてくれ」
先ほどまでとは違い、殺気は感じられない。
「お前達、本当は僕を拉致するつもりだったんじゃないのか?」

 男は床に転がったまま、ヒューと、短く口笛を吹いた。
「良くわかったな。さすが聡いと評判の九条氏だ。その通り。あんたを攫う予定だった。予定外に子供が現れたんで、そっちに変更したんだ」
それを聞くと昴は、何も言わずに開きかけた玄関のドアを開け、その家を後にした。

 

 

 

 「すばる!用はすんだのか!」
リカが駆け寄ってくる。
「うん。ご苦労様だったね。リカ」
微笑んでそっと頭をなでる。
しなやかで、やわらかな、子供の髪。
ほんの少し前、同じように新次郎の頭を撫でた。

 誘拐犯達が、かなり前から綿密に拉致の計画を立てていたと察した時から、
ずっとそうなんじゃないかと思っていた。
新次郎は、僕の身代わりに攫われたのではないかと。

 気が付かないうちに、涙が零れていた。
すまない…。すまない新次郎。僕のせいだ。

 「すばる?どうした?泣いてるのか?」
リカが心配そうに覗き込んでくる。
まだ泣いたりするには早すぎる。あの子を連れ戻さなければ。
顔をあげて無理に笑う。
「なんでもないよリカ。急いでシアターに戻ろう」

 昴はもうすぐ日が昇る薄蒼い空を見た。
新次郎。
…もう少し。
もう少しだから。待っていてくれ。
それまで目を覚まさずに、眠っていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回…ようやく…
TOP 漫画TOP 前の章へ 次の章へ

会える?

inserted by FC2 system