十二章 ―戦闘―
…売った?
…売ったって…何を?
「昴さん!」
ジェミニが慌てて昴を支えた。
一瞬だったが意識が遠のいて目の前が真っ暗になった。
座り込んでしまいそうになるのを必死でこらえる。
サニーサイドは、昴が自力で立っているのを確認してから、男に質問を重ねた。
「念のために聞く。大河君を、お前達が誘拐した子供を、売ってしまった。と、そう言ったんだな?」
その言葉に、昴はビクリと反応する。言わないでくれ。サニーサイド。
男は頷いた。
「それはビジネスとして公平ではないな。僕たちはあの子を取り戻すための身代金を支払った。約束道理返して欲しい」
サニーはそう言うと、笑顔のまま男の目の前数センチの所まで、自分の顔を近づけた。
「誰に売ったんだ」
にこやかに笑うその顔に隠された、静かな怒りに、男は動揺した。
「お…俺は詳しいことは知らない。どっかの大富豪だか貴族の若様だかで、若い男を買いまくってる奴だ」
シアターで、公演中止のアナウンスが流れていた頃、
新次郎を抱いた男は、彼らが集合場所として使っている古い一軒家のチャイムを鳴らした。
応答したのは、彼の部下の一人だった。おかえりなさい、ご苦労様でした。と労って、ドアを開ける。
上司を迎え入れながら、部下は子供を抱いた男にそっと告げた。
「ボスが、ガキの買い手を連れてお待ちになってます」
その言葉に軽く眉根を寄せて新次郎を抱きなおし、聞いた。
「もう?まだどっちに売るか、決定していなかったんじゃないか?」
買い手候補は二組いたのだ。
「それが、絶対自分が買いたいからって、手付金持参して紐育に飛んできちまったんですよ」
男が新次郎を抱いたまま応接室に入ると、彼の上司である壮年の男性と、
いかにも上流階級といった出で立ちの若い男が、向かい合ってソファに腰掛け談笑していた。
「ああ待っていたよ。その子がそうか?」
壮年の男性は、立ち上がって話しかけ。手を伸ばす。
新次郎を抱いた男は、片手で子供を支えなおし、自分のボスと握手を交わして頷いた。
「ええ、今ちょっと着替えさせてきますよ」
新次郎はまだ、女の子の格好をしていた。
「その前に、こちらを紹介しよう。ソレを購入して下さる方だ。名前は…仮にAさんとしておこうか」
そう言って、向かい側に腰掛けていた青年を示す。
Aと、偽名で紹介されたが、男はこの青年を知っていた。
方法は違えど、過去に数回、人身売買の取引を行ったからだ。
青年は立ち上がって、男と握手を交わした。
「よろしく、その子が僕の物になるんだね」
新次郎を覗き込んで歪んだ笑みを浮かべる。
「思っていたよりも、ずっとかわいいな。飛んで来たかいがあったよ」
誘拐犯は、青年のその表情に嫌悪感を覚えた。
彼は根っからの悪人であったが、不必要に他人の不幸を願う人物ではなかったから、
子供は日本人の夫婦に買い取られれば良いと思っていた。
そうすれば、産みの親の元には帰れないが、同程度の家庭で大切にされるだろうと考えていたのだ。
だが、こいつに買われちゃおしまいだ。
おもちゃにされて、あきたら捨てられる。
どっちにしろ、男に買い手を選ぶ権利はなかったが。
「それじゃ、着替えさせてきますよ」
そう言って、部屋を出て行こうとすると、青年が止めた。
「ああ、そのままでいいよ。カツラだけ外してやって、どうせ帰ったら着替えさせるから」
男に向かって両手を伸ばす。
言われるままに、金の髪の鬘を取って子供を渡してやると、ますます青年の笑みは深くなった。
「本当にかわいいね。この子の名前は?」
聞きながら、眠る瞼にキスをした。
「たしか、しんじろう、とか。日本人特有の呼びにくい名前ですよ」
どうせ名前は僕が付け直すから、なんでもいいんだけどね。と、青年は愛しそうに子供を見つめながら答えた。
「この子はいつごろ目が覚めるのかな?」
男は首をかしげる。見当もつかなかったのだ。だが、今現在の子供の様子から言って、当分意識が戻りそうもない。
「多分、あと丸一日は寝ているんじゃないですかね。クロロフォルムじゃなくて、麻酔を使ったんで」
ふうん、と、生返事をして、青年は、新次郎の頬を軽く叩く。
「本当に起きないね。このまま連れて帰ってもいいのかな?」
男に止める権利はない。自分の上司を見る。
「かまわないですよ。もう代金は頂きましたからね」
何かあったら僕の別荘に連絡してくれ、と、言い置いて、
青年は新次郎を抱いたまま出て行った。
たしか、紐育の郊外に、奴の別荘があった。
やたらとでかくて、入り口が遠い、無駄な造りの。
男の部下たちが、予定よりも早く帰ってきた時、もう子供はいなかった。
彼らの上司はこう言った。
「もう、売れちまったよ。さすがに質がいい商品は売れ行きが違う」
そして、彼らに売上金の一部を配当した。
椅子に縛られて震える男は、
自分が帰ったとき、子供はもう売れた後で、すでにいなかった。
売れた金の一部をみんなで分けた。と語った。
「その金でメシを食いにでかけたんだ」
昴は事態を飲み込めず呆然とする。
子供を、売り買いするような奴が本当にいるなんて。
そして、そいつらが、新次郎を誰かに売ってしまった…。
だが、ひとしきり衝撃をやり過ごすと、今度は猛然と怒りが湧いてきた。
拳を握り、顔を上げる。
周囲を見渡すと、皆が先ほどの昴と同じように呆然と立ち尽くしていたが、
サニーサイドだけは、昴を見ていた。
「乗り込むんなら早い方が良いと思うよ、昴」
サニーの言葉に、昴は頷く。
「わかっている。この男の言う集合場所とやらに行って、新次郎を買った奴の事を聞きだしてくる」
少なくとも、新次郎は生きている。
買ったぐらいなのだから、大事に扱っているはずだろう。
買い手さえわかれば、力づくで取り戻すだけだ。
何もわからなかった先ほどよりも、
新次郎が売られてしまったという今の方が、生死もわかり、居場所もなんとか突き止められそうだと、
そんな希望が見えて来た気がして、波打っていた心が静まり、今度は逆に高揚していく。
それと同時に、今、自分が感じている高揚感は戦闘の前に感じるものと同じだと、気付く。
結果は見えないが、勝つと信じる。敵がいて、仲間が一緒に戦ってくれている。
これは戦いだ。ならば事は簡単だ。
昴は縛られた男に向かって嫣然と微笑んだ。
「僕は今まで一度も敗れた事がない。新次郎もだ。今回も、負けない」
初日はこれで終わり!
取り戻しに行きますよ!
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★オマケ★
うんと下の方に、
雰囲気台無しな挿絵が置いてあります。
台無し上等な方のみ、ご覧下さい。
★台無し挿絵3★
昴さんの価値観
高すぎです。