十一章 ―確保―

 もうずっと前から、キネマトロンが鳴っている。
出たくない。
目の前の遊歩道から目を放した隙に、新次郎が自分に気付かず通り過ぎてしまうかもしれない。

 約束の時間を一時間ほど過ぎた頃に、
本当はもうわかっていた。
ここに、新次郎は来ない。

 あいつらは、新次郎を返す気がない。
うまく行けば、今頃はもう、あの子をこの手に取り戻しているはずだった。

 今どうしているのだろう。
泣いているのだろうか。
いや、おそらくまだ意識が回復していないんじゃないだろうか。
子供には麻酔が良く効くから。
眠っていると良いけれど。
目が覚めないうちに、助けてやりたい。

 

 取り留めのない思考が、繰り返し頭を過ぎっては消えていった。
どれも不毛で、生産性のない物ばかり。

 ふと顔を上げると、遠くから近づいてくる人物が見えた。思わず腰を浮かせる。
大人だ。新次郎ではない。昴は再び視線を落とす。
だが、近づいてくる人物は、昴の見知った人物だった。

 「なんでキネマトロンに応答しないんだ!」
サジータは朝に続いて、いつまでも現れない昴を迎えに来たのだ。
うつろな目でサジータを見上げて、昴は自嘲的な笑みを浮かべる。
「すまないサジータ。金を渡したが、新次郎は帰ってこなかった。僕は失敗したんだ」
サジータはそんな昴の襟首を掴んで立ち上がらせた。
「何言ってるんだい!勝負はこれからだろ!リカの仲間が、昼間カフェに現れた男をとっ捕まえたんだよ!」
その言葉に昴は目を見開いた。
「捕まえた…?」
サジータは頷いて昴を放す。
「そうだ。プラムたちが作った似顔絵を使って、リカがベビーフェイスに協力を頼んだんだ」
ベビーフェイスは紐育の裏社会ではかなり幅を利かせている男だ。
「昨日まで文無しだったのに、中華街の高級店のVIPルームを貸し切って、家族で豪勢な夕食を摂ってたんだってさ」

 「その男は今どこに?」
新次郎を連れ去った、実行犯の一人を手に入れたのか。
「今、ベビーフェイスがシアターに連行中」
本当はあたしたちで中華街まで捕まえに行こうと思ったのに、あんたがキネマトロンに応答しないから、
と、サジータはまた昴を叱った。
それを聞くと、昴はサッと立ち上がり、素晴らしいスピードで駆け出した。
「ちょっと!昴!またあたしを置いていく気か!迎えに来た人間にたまには感謝しなよ!」
サジータは悪態を吐きながら、昴を追った。

 途中でタクシーを拾い、急ぎシアターに向かう。

 シアターに到着した時、時間は夜の11時を回っていた。

 

 その男は、小柄で太った中年だった。
昴は、入り口のフロアの中央に、椅子に座らされた状態で縛られた男の正面に立ち、怒りと軽蔑を込めた眼差しで見下ろした。
男はその視線を避けて目をそらす。
星組の全員で、その男を取り囲み、尋問を開始する。

 「新次郎はどこにいる」
昴は自分が最も知りたいことを真っ先に聞いた。
「あの子は…、新次郎は、今どこにいるんだ!」
悲痛な叫び声がフロアに響き、皆の心に突き刺さる。

 男はボソボソと話し出した。
「絶対に捕まると思っていたんだ。だから、初めて家族みんなで食事に出かけたのに、それも途中でお開きになった。俺は本当に運がない」
それを聞いて、昴は男に殴りかかった。サニーが逸早く察して昴の肩を掴んで止めた。
「放せ!サニーサイド!こいつ…!僕から新次郎を奪っておいて、家族で食事だと…っ」
その迫力に、男の目が恐怖で見開かれる。
「いけませんよ、昴さん。お怒りなのはあなただけではないのですから」
ダイアナはそう言うと、男の前にツカツカと歩み寄り、頭上高く右手を振り上げ、反す平手で思い切りひっぱたいた。
誰が止める暇もない。
小気味よい破裂音が、静まり返ったフロアに反響する。
男は椅子ごとふっとんだ。

 皆が呆然としていると、ダイアナは、
「思ったよりも、手が痛いんですね」
と微笑んだ。

 ひっぱたかれて転がった男は元の状態に戻されて、無様に震えていた。
「もう一度聞く。新次郎はどこだ」
今はそれ以外の答えはいらない。昴はそう付け足す。
男は切れた唇をようやく動かして答えた。
「知らない」

 「そんなはずはない!僕たちはお前が新次郎の拉致に直接関わっている事を知っている!
シアターから連れ去って、どこへ連れていったんだ!」
男の襟首を掴んで激しく揺さぶる。
このままではまた先ほどのように殴られる。
男は慌てて付け足した。
「もう、俺たちの所にはいないんだ」

 それまで昴のやり方に任せていたサニーサイドが、初めて口を開いた。
「なぜ、いないのかな?身代金と引き換えに子供を返す約束なのに、どうして居場所を知らないんだい?」
男はサニーから目を逸らし、聞こえるか聞こえないかの小さな声で言った


 「売っちまったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

もう売っちゃいました。ごめんなさい昴さん。
お話しとしては、3/4を過ぎた…と思います。多分。初日も終わりに近いですし。
本当は中華街に乗り込む話も書く予定だったのですが、
サジータの言う通り、昴さんが通信に応答してくれなかったので書けませんでした。
前回といい、今回といい、ここんとこ昴さんは書いてる本人の思うようになりません。
すっごい怒ってたりしておっかないです。
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★オマケ★
うんと下の方に、
雰囲気台無しな挿絵が置いてあります。
台無し上等な方のみ、ご覧下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★台無し挿絵2★
ダイアナさんの平手打ち

敵もふっとぶ。

忘れがちですが、拍手スイッチなんです。

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