十五章 ――

 

 シアターに帰る車中で、昴は何度か新次郎を起こそうと努力をしてみたが、
彼はときおり声を出したりするものの、やはり深く眠っており、一向に目を覚まさなかった。

 きつく抱きしめて、早く目を開けてくれ、と、そっと声をかける。

 シアターに到着した時には時間はもう9時を回っていた。
サニーサイドが裏口に車を回すと、星組のメンバーとワンペアの二人が外で待っていた。

「しんじろー!」
「大河さん!」
口々に名前を呼んで駆け寄り、昴に抱かれた新次郎に視線を注ぐ。
車を降りると、たちまち皆に取り囲まれてしまう。
泣いたり、笑ったりしながら、新次郎に触れる。
「新次郎、よかった、帰ってこなかったらどうしようかと思ってたよ」
ジェミニは新次郎の頭を撫でて、拳骨をコツンとおでこにあてた。

 「ダイアナ、ざっと確認はしたんだが、一応ちゃんと診てやってくれないか?」
目を覚まさなくて心配だし。と、昴は眠る新次郎をダイアナにそっと渡した。
ダイアナは最初に新次郎を見たときから、ポロポロと涙を流していたが、
昴から彼を受け取ると、真剣な表情で頷いた。
「わかりました。医務室に行きましょう。大丈夫ですよ、ほっぺもピンク色だし」
つんつんと新次郎の頬を突いて微笑む。

 医務室で新次郎を診たダイアナは、やはりまだ少し薬が残っているのだろうと診察した。
それ以外は特に外傷もないし、心配はない。
それを聞くと全員が安堵の息を吐く。
「うちの隊長は本当に困まった奴だね。攫われたり、眠ったままだったり、お姫様じゃあるまいし」
サジータは普段あまり新次郎に触れられないので、ここぞとばかりにぐりぐりと頭を撫でた。

 昴は皆が安心して笑いあっている場所から、一歩離れた場所に立っていたが、
新次郎の頭を撫でるサジータを見て、彼女に声をかけた。
「サジータ、新次郎がかわいいか?」
唐突で直接的な質問に、サジータは驚いたが、素直に頷いた。
「そりゃかわいいよ。こんな小さいんだし」
彼女は目を細めて、眠る新次郎を見る。

「じゃあ、今日は新次郎を家に連れて帰ってやってくれ」

 そのセリフに皆が驚いて昴を見た。
「何言ってるんだい昴!あんた新次郎と帰りたくないのかい!?」
昴はサジータから目をそらし、苦しそうに言う。
「誘拐犯は、本当は僕を拉致するつもりだったんだ」
絶句する皆に向かって続ける。
「…新次郎は、僕の身代わりに攫われた」

 「今回のことは僕の責任だ。もう彼を預かる資格はない。あと数日、面倒を見てやってくれ」
「昴さん…」
話す昴は本当に苦しそうで、ジェミニは何も言えなくなってしまう。
もし、自分が昴の立場だったら、同じように自分を責めるだろう。

 「誰が見てたって同じだよ!私はこいつを連れて帰ったりしないからね!」
サジータが怒鳴ったが、昴は動じなかった。
「じゃあ、ジェミニかダイアナに頼む。僕はもう帰る」

 そう言って後ろを向くと、本当に部屋を出て行こうとする。
サジータが襟首を掴んで止めると、昴は彼女をきつく睨んだ。
「放せ!サジータ!」
「勝手な事ばかり言うな!」
「僕だって好きで新次郎を置いて行くわけじゃない!」

 二人が言い争いを始めてしまったので、
他のメンバーはなんとか喧嘩を止めようと仲裁をするが一向に収まらない。

 全員がゴチャゴチャになって言い合っていると、背後から、かすかに声が聞こえた。

「すばるたん」

 大声で怒鳴りあってた皆であったが、その小さな声はちゃんと聞こえた。
とたんに全員の動きがピタリと止まる。

 「すばるたん」
もう一度声を出す。
「ほら!見なよ!あんたを呼んでるじゃないか!」
サジータは昴の背中を思い切り叩いた。
「でも、僕は…」
なおも戸惑う昴に向かって、今度はちゃんと声を出す。
「すばるたん、しんじろうをおいてかえっちゃうんですか?」
どこから話を聞いていたのかそんな事を聞いてくる。
「しんじろうがきらいになっちゃったんですか?」
そこまで言うと、しゃくりあげて泣き出してしまう。

 「違うよ新次郎。嫌いになったりしない」
慌てて傍に寄り、頭を撫でる。
「ちゃんと大好きだよ。だけど…」
言いよどんで戸惑っていると、新次郎は泣きながら訴えた。
「しんじろうがおうちにかえるまで、すばるたんがおかーたんになってくれるって、やくそくしたのに!」
その言葉に昴はハッとする。

 初めて家に連れ帰る途中。自分の家に帰りたいと泣く新次郎に、たしかにそう約束した。
大河が家に帰れる日まで、僕が大河のお母さんになるよ。と。
わんわんと声を上げる新次郎を強く抱きしめて、謝罪する。
「ごめん。…ごめんよ新次郎。おかあさんは、自分の都合で急に辞めたりしちゃいけないよな」
その様子をみて、サジータはやれやれと方を竦め、他のメンバーはほっとため息を吐いた。

 目を覚ました新次郎は、意識ははっきりしているものの、午前中はまだあまり体の自由が効かなかった。
薬の副作用と、それに重ねて、起きてすぐ大泣きたせいもあり、頭痛を訴えて辛そうだ。
 トイレで襲われたときの事も、詳細に話した。
知らないおじさん達が、自分を抱き上げて放してくれなかった。と言った所までではあったが。
それでもその時の事を思い出すと、すごく怖かった。と言って、昴にしがみついて泣いた。

 昴は犯人達に対して改めて怒りを顕にした。
彼らへの処遇は、サニーサイドとラチェットにすべてをまかせた。
自分には冷静に対処できる自信がなかったからだ。
新次郎を取り戻すまでは、彼らに何か報復を与えたりする余裕がなかったが、
無事に新次郎をこの手に取り戻した今、犯人達が目の前に現れたら、
ヘタをすると、奴達を半殺しにしてしまうかもしれない。

 午後になって、新次郎が起きて歩けるようになると、ダイアナは、もう家に帰っても大丈夫ですよ、と笑った。
昴は新次郎を抱き上げて、彼に問いかける。

 「夕飯は何が良い?今日は特別になんでも好きなものを作ってあげるよ」
新次郎はしばし考えて答えた。
「やいたおさかな!」
日本人らしい答えだが、あいかわらず少し渋めだ。
「魚だけ?」
「はんばーぐ!」
焼き魚とハンバーグ。
その組み合わせを聞いて、皆笑い出す。

 「じゃ、材料を買って帰ろう。皆、すまなかった。ありがとう」
昴は皆に向かって丁寧に礼を言って、手を振る彼女達に別れの挨拶をする。

 腕の中にはずっと求めていた温もり。
失いかけて、その重要性が改めて身に染みた。
ずっと前から大河新次郎は自分の一部だと認識していたが、
一部どころか、九条昴と言う人間を構成するほとんどの部分を、彼が占めているのではないか。
昴が考えに耽っていると、新次郎が声をかけた。

 「すばるたん、きょうのあさ、ずっとしんじろうをよんでいましたか?」
思わず彼の顔をまじまじと見てしまう。
「しんじろうは、すばるたんが、しんじろうをさがして、ないているゆめをみました」
必死に言葉を捜しながら訴える。
「ないたらだめですよ、しんじろうはすばるたんがよんだら、ちゃんとおへんじしますから」
その言葉を聞いて、うかつにもまた涙が零れそうになってしまう。
泣いてはいけないと言われたばかりなのに。
愛しくて大切で、何も言えずに強く抱きしめる。

 そんな昴の葛藤を知ってか知らずか、きつく抱きしめられたまま新次郎は続けて言った。
「すばるたん。おゆうはんのおさかなはちいさいやつがいいです」
さっきまでの言葉とのギャップに、昴は思わず笑ってしまう。
「小魚かい?紐育ではあんまり魚の種類は豊富ではないのだけれど」
涙を拭って答えると、新次郎はさらに希望を申し立ててきた。
「はんばーぐのにんじんは、あまいやつにしてくださいね」
微笑んで頷く。
「わかった。新次郎も手伝ってくれるかい?」
「おにくをもみもみします!」
元気に返事をする新次郎の頭を撫でる。
昨日と変わらない、やわらかな髪。

 

 二人は笑いながら午後の紐育を歩いた。
手をつないで。
本当の親子のように。

 

 

 

 

 

 

 ―もう少ししたら、君は元の大河新次郎に戻る。
そうしたら、この数日間の事はきっと忘れてしまうのだろう。
でも、君が忘れてしまったとしても、僕は決して忘れない。
それに君はこれからもずっと僕と一緒だ。
こうやって手を繋いで、
二人で歩いていける―

 

 

 

 

 

―終―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★誘拐編全体のあとがき★
やたらと長くてすいませんでした。
そのやたら長い話に、ずっと付き合ってくださった方々、本当にありがとうございました。

次回は、いつもの調子に戻ります。漫画です。お料理する昴さんです。
小魚とハンバーグです。
タイトルは…えーと…
「昴さんと新次郎とエプロンと紐」
おにくをもみもみします!
TOP 漫画TOP 前の章へ

最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました。何か一言ありましたらお願い致します。

 

inserted by FC2 system