九章―出発―

 昴の瞳の輝きを見て、サジータはあの小さい新次郎が、本来は自分達の隊長である事を思い出した。
「そういや新次郎はあと何日かしたら元の大人の状態に戻るんだろう?そうしたら自力でなんとかするんじゃないか?」
ああ見えて彼はとても強い。そこらのチンピラがかなう相手ではない。
だが昴は首を振った。
「まだ数日かかる。それに大河は、多分状況がまったくわからない状態だと思う」
それに、小さい子供が突然大人になってしまったりしたら、犯人グループがどういう行動にでるか予想がつかない。
そう言って否定した。

 二人のやり取りを横目で見ていたサニーが話を本筋に戻す。
「現金は指定道理に持っていくとして、細工はどうする?」
細工するのは当然だ。と、言外に言っているのだ。
 犯人達は、自分たちが攫った子供の保護者たちが、彼らの想像もつかないような技術と能力を持っている事を知らない。
そこに付け入るスキがある。

 

 「なにもしない。彼らの指示に完全に従う」
昴はキッパリと告げた。
「犯人を捕まえるとしても、新次郎を取り戻した後で手段を考える。
彼が少しでも危険に晒されるような可能性のある選択肢は選ばない」

 意見の食い違いに出資者であるサニーは不満そうな表情をしたが、
それも一瞬の事であった。
「まぁいい。たしかに大河君を取り戻すのが先決だ。僕も彼がいないと遊び相手がいなくて寂しいからね」
昴に向かって笑いかけ、続ける。
「何か他に気が付いた事はあるかい?」

 「ある。プラム」
突然声をかけられて、それまで発言を控えていたプラムは急いで返事をした。
「なあに?昴」
「今日の入場時に、カフェで必要以上に新次郎に近づいたり、あるいは話しかけて来たりした人間はいたか?」
それを聞いて、脳裏に浮かんだのは小太りの中年男性。
(未来のスタアに飲み物を…)
「いたわ。タイガーにミルクを奢ったの」

 「その人と犯人とが、何か関係があるんですか?」
ジェミニが聞いた。新次郎に話しかけたり、奢っただけなら、怪しいだけで犯人とは言えないのではないかと思ったのだ。
「そいつは間違いなく犯人の一人だ」
きっぱりと言い切って、ギリと唇を噛む。
憎い。そいつを殺してやりたい。殺意を抱くのを経験するのは初めてではなかったが、
こんなに心が冷え切った状態で感じるのは初めてだった。
犯人はかなり計画的に事を進めている。ずっと前から新次郎と自分を見ていたのだ。

 犯人の一人だと言い切って、それきり説明をしない昴に、ダイアナが改めて質問をした。
「どうして犯人だとおわかりになるのですか?」
昴は、今僕がわかっている限りの状況はこうだ。と前置きをして話し出した。

 

 「まず、犯人は複数だ。そして大分以前から綿密に計画を立てて実行している」
(…僕はそれに気が付かなかった)

 「カフェに来て新次郎に奢った男は、新次郎を確実にトイレに向かわせるために飲み物に何か混ぜた。
下剤か利尿剤だろう。そうしておかないと、公演中に新次郎が一度もトイレに行かない可能性があるからだ」
(…そのほんの数分前に、新次郎は僕に向かって、いってらっしゃいと笑ってくれた)

 「トイレには最低二人が待機していたはずだ。子供とは言え一人では不測の事態に対応できない。
暴れるだろうし、逃げられた時に出入り口を塞ぐ為にも」
(…新次郎は抵抗したのだろうか。それとも怖い思いをせずに一瞬で事が済んだのだろうか。後者であって欲しい)

 「新次郎がトイレに行ってから、プラムが確認に行くまでは10分弱。それまでに着せ替えを完了して退場している。
連れ去られた時の新次郎の状態は、ブルーのドレス。金髪。それから、新次郎本人の靴。完全に意識不明。
犯人が用意した靴は、小さくて新次郎に履けず、彼の衣類と共にゴミ箱に入れられていた」
(…靴は最初の夜に買ったんだった。意外に大きいサイズだったから、店員が、この子は将来大きくなりますよ、と言ったんだっけ。
その後の成長具合を知っている僕は苦笑したけれど)

 「脅迫状の内容は見ての通り。身代金の要求」
(…金なんか幾らでもくれてやったのに!あれば便利なだけで、本当に大事な物はそんな物じゃなかったのに…)

 

 抑揚を加えずに一気に話し、以上だ。と、口を噤んだ。
これまで判明している事を簡潔にまとめ、説明し、分析するその明晰さに、皆が感心する。
自分たちが思っているよりも、昴は動揺していなかったようだ。いつもと同じように、冷静に事態を判断している。

 だが、リカはずっと昴の手を見ていた。
きつく、硬く握り締められた手。震えるその拳の内側に、丁寧に整えられた爪が食い込んで、血が滲んでいる。

 「もう取引の時間まで一時間弱しかない。僕は出かける準備をしないと」
何かあったらキネマトロンで連絡する。そう言い置いて、昴は部屋を出て行った。

 

 部屋を出て行く昴を見送ったあと、
サニーサイドはパンと一つ手を打って立ち上がった。
「さあ、僕たちも、やるべき事をやっとかないとね」

 「プラム。杏里と一緒に、君が出会ったと言う犯人のモンタージュを作成してくれ」
ワンペアの二人は起立してサニーサイドに敬礼する。

 「それからサジータとダイアナは5番街で待機。何かあったらすぐにセントラルパークに向かえるようにしておく事」 
彼女たちも立ち上がり、彼の次の言葉を待つ。

 「リカとジェミニはモンタージュの完成を待ってシアターに待機。完成したら犯人の情報収集に向かって欲しい。
彼らに感ずかれないように。難しい任務だけど、リカは裏の世界に顔が利くからね」
二人とも真剣な表情で頷いて席を立つ。

 「僕とラチェットは全体のサポート。いいね?」
「わかったわ、サニー。大河君は昴だけの物じゃないんだから。私たちも出来るかぎりの事をやりましょう」
微笑んで優雅に立ち上がる。

 「犯人に、星組の隊長を誘拐した事を後悔させてやろう。イッツ・ショータイム!」
「イエッサー!」
全員で、必ず新次郎を取り戻す。


 

 

 

とっとと行っちゃった昴さんだけイエッサーに参加出来なかった。
と、言うことで10話目にしてようやく全員が↑向きに。書いてる私もホッと一安心。
ところでうちのサニーどうしちゃったのでしょうか。頭でも打ったのでしょうか。
そして次回の昴さんは作者もビビる恐ろしさです。ひー。

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ますます犯人に同情します

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