八章―脅迫―

 昴は無言でその紙を読み進んだ。
皆は黙って見守るしかない。

「親愛なる九条昴殿へ

この手紙を見つけたという事は、大体の状況はおわかりかと思う。

しかし念のために説明させて頂けば、

貴殿の大切な物を、無断で拝借させて頂いた。

我々の要求が正確に満たされない限り、これを返却するつもりはない。

早急にご検討願う。

要求は現金で100万$。本日中に用意して頂きたい。

まだ銀行も証券会社も営業中と思われる。

貴殿の財力と、マイケル・サニーサイド氏の協力があれば、不可能ではないだろう。

本日夜19時丁度に、セントラルパークの一番北のベンチに、九条昴氏本人が、一人で持参する事。

現金に不足があったり、なにか仕掛けをしたり、九条氏以外の人物が現れた場合には、

預かり物にそれなりの対応をさせて頂く。

警察等の公的機関に連絡をした場合も同等だ。

何か変更があった場合には改めてご連絡を差し上げる」

 

 手紙を読み終えた昴は、その紙を黙ってサニーサイドに渡すと、
彼が読み終わるのを待たず、すばやい動きで出て行こうとした。
「昴さん!どこに行くんですか!」
あわててジェミニが声をかけると、昴は振り返らずに立ち止まり、答えた。
「現金を用意してくる。急がないと銀行を回りきれない」
再び歩き出そうとした所を、今度はサニーサイドが止めた。

 読んでいた紙を元道りに小さく折りたたみながら言う。
「その必要はない、昴。この程度の現金なら、緊急時に備えて華激団施設に常備してある」
今がまさにその緊急時だ。と、サニーサイドは苦笑した。
「その金は僕の物じゃない」
昴らしい言い方に、サニーの苦笑は深くなる。
「たしかにそうだが、今回の事は僕にも責任の一端がある。無駄に銀行を回ったりするよりも、すでに現金が確保されているんだから、
時間を無駄に浪費せずに今後の対策を考えた方がいいんじゃないのかい?」

 確かにその通りだった。顔を上げて彼の目を見て頷く。
「…ありがとう…サニーサイド」
「昴にお礼を言われるとはね。今日はあらゆる意味で驚嘆すべき日だ」
その言葉に、緊迫した室内の雰囲気がいくらかやわらかくなった。

 それから皆で楽屋に移り、今までにわかっている事と、今後取るべき行動とを相談する。
「まずはウィルに確認を。開演して間もない頃に、子供連れで劇場を後にした者がいたかい?」
サニーにウィルと呼ばれた初老の男が頷いた。長年シアターでドアマンを勤めるウィルソンと言う名の白人男性。
実直で勤勉な事で皆の信頼を得ている。
「たしかに、少女を抱いた男が、開演して30分ほど経った頃に途中退場しました」
その時の様子を、彼は事細かに語った。

 話を聞いている昴に、怒りと悲しみが込み上げて来る。
本当に、本当に新次郎は誘拐されてしまったのだ。
わかっていたはずなのに、その瞬間の事を考えると、胸に、重く冷たい鉛の塊を埋め込まれたような気分になる。

 ドアマンの話が終わると、昴は一つ確認したい事がある。と、切り出した。
「新次郎は、完全に意識がなかったんだな」
「ええ、まったく力が入っていないように見えました」
そう言って、思い出す。
弛緩して落ちた、細い腕。

 それだけ確認すると、ウィルには仕事に戻ってもらう。
ここから先は、星組としての、機密事項に触れるからだ。

 「サニー、あとで帝劇の紅蘭に連絡して、例の薬と一般的な麻酔薬との相乗効果による副作用について、確認しておいてくれ」
大河新次郎は今、通常の状態ではない。
「おそらく使用したのは、即効性のあるエーテル系の吸引麻酔だ」
そう言って、血が滲むほど強く、唇を噛む。

 エーテルは使用方法がとても難しい。小さな子供にはとても危険な薬品だ。
そんな物を新次郎が吸い込んだかもしれないと想像すると、胸が張り裂けそうになる。

 (あの場所で、何人がかりで、あの子を押さえつけたんだ。
どんなに恐ろしかっただろう。どうして僕は傍にいてやれなかったんだ)
気を抜くと涙が零れ落ちそうになる。
そうならないように、上を向いて話す。
「誘拐当日に現金を要求して来たのだから、今日中に新次郎を取り戻せるかもしれない」

 淡々と話す昴を見つめる星組のメンバーは、
昴のその瞳に、涙とは違う光を見た気がした。

 強い意志の輝き。

 取り戻す。絶対に。

 

 

よろしくお願いします昴さん。おまかせしました。
あと昴さんのサニーに対する信頼度が前回からUPしまくりな模様。
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犯人に同情します

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