七章―発覚2―

 舞台袖で幕が開くのを待つ間、ジェミニは前に立つ昴が、俯いて呼吸を整えているのを見つめていた。
自分も新次郎の事が心配だったが、昴の気持ちを考えると泣きたくなって来る。
きっと今すぐにでもここから抜け出して、探しに行きたいはずなのに。
これから笑顔で舞台に立たなければならない。
声を掛けようか、そう思った時、ダイアナが先に昴に声を掛けた。
「昴さん、顔色が真っ青ですよ」
たしかに普段から白い肌の色が、今は紙のようになってしまっている。

 「大河さんなら、きっと大丈夫です、すぐにみなさんが探し出して下さいますよ」
それは、まさに先ほど、ジェミニが昴に言おうと思っていた言葉だった。
大丈夫。新次郎はきっとすぐ見つかりますよ。と。
しかし、それを聞いた昴は勢い良く振り返り、ダイアナを強く睨んだ。
「何を根拠に!?大丈夫なものか!あの子は僕に黙って一人でどこかに行ったりしない!」
怒鳴ってしまってから、皆の驚きを含んだ視線にハッと我に返る。
先ほどまで黙って俯いていた昴が、突然激昂した事に皆が唖然としていると、
今度は消え入りそうな声で謝罪した。
「…すまないダイアナ。わかっているんだ。大丈夫だって。ただちょっと…心配なだけで…。気を使ってくれたのに怒鳴って悪かった」
そう言ってまだ黙る。

 これは重症だ。このままで無事に演技が出来るんだろうか。
とは言え、もうまもなく幕が上がってしまう。なんとか落ち着かせないと。
そうサジータが考え込んでいると、館内放送が入った。

 (お客様に、リトルリップシアターからお詫びを申し上げます。
等劇場は緊急の不備により、本日はこれ以降の公演を中止させて頂きます)

 幕を挟んだ客席から驚きと不満のどよめきが聞こえてくる。

 何かあった!
サジータは思わず昴を見た。
昴は顔を上げてその場に立ち尽くし、呆然としている。

 館内放送は、チケットの払い戻し方法や、振り替え公演の説明を続けている。
皆がどうして良いかわからずにその場に留まっていると、ラチェットが駆け込んできた。
「みんな放送を聞いた?お客様が退出している間に、急いで着替えて」
質問を挟む間もなく続ける。
「お客様が全員いなくなったら呼びに行くから、それまで楽屋で待っていて頂戴」
それだけ伝えると、また駆け足で去っていってしまった。
「ラチェット!まて!何があったんだ!」
昴は叫んだが、彼女は立ち止まらずに視界から消えた。

 楽屋で待っている間、誰も何も発言しなかった。
憶測で何か言えるような、そんな状況ではとてもなかったからだ。
そんな中で、昴は自分に言い聞かせる。
(新次郎に何かあったと決まったわけじゃない。もっと他の…何かが原因で公演が中止になった可能性だってゼロじゃない)
心臓が激しく動悸して、目の前が暗くなってくる。

 

 …今こそ大河に傍にいて欲しい。

 大切な恋人。

 さっきダイアナに向けて怒鳴ったように、今は他の誰か、自分の物ですら、大丈夫だ、なんて言葉は、とても信じる事はできない。
でも大河が、「大丈夫ですよ」と笑ってくれれば、それだけで。たったそれだけで安心できるのに。
彼が抱きしめてくれれば、この不安定な鼓動も、すぐに収まるのに。

 当の本人が行方不明だと言うのに、自分は何を考えているんだろう。
目を瞑って不毛な考えを頭から追い出す。

 ラチェットが予告道りに楽屋に来ると、昴はすかさず彼女に詰め寄った。
「何があった!なぜさっき説明しなかった!新次郎は見つかったのか!?」
矢継ぎ早な怒声交じりの質問に、ラチェットは説明する。
「ごめんなさい昴。でも、あなたに確認してもらってからじゃないと、私達じゃ確信が持てなかったから。とにかく、みんな男子トイレに来て」
サジータは肩で息をする昴に変わって聞いた。
「新次郎がいなくなった場所だな」
ラチェットは頷いて歩き出す。

 そこでは、ワンペアの二人と、サニーサイドが待っていた。
3人とも複雑な表情をしている。杏里は泣いているように見えた。
サニーは洗面台の下に置かれたゴミ箱を示し、
「昴、この中身を確認して欲しいんだ。僕達じゃ確かにそうだと言い切れない」
そう言って、ゴミ箱を昴の前に置いた。

 知りたくない。イヤな物を見るに決まっている。
それでも昴は恐る恐る円筒状のゴミ箱を覗き込んだ。

 視界には、使い捨てのペーパータオル。それらに半ば埋もれて入っていたのは。

 子供用の、淡い鶯色のシャツ。

 最初に新次郎が泊まった朝、シアターに向かう途中で買った服。
本当はもっと明るい若草色の服を買おうと思ったのに、新次郎がこっちが良いと自分で選んだ。
子供のくせに渋い色が好きなんだな、と、二人で笑った。

「…な…んで……新次郎の服が…ここに……」

 よろめいて数歩後退する。倒れそうになった所をジェミニに支えられ、踏みとどまる。

「大河君の服に間違いないな?」
サニーサイドが確認した。
声が出ない。頷く事も出来ない。吐き気がこみ上げて来る。
サニーは昴の沈黙を肯定と取り、続けてゴミ箱からもう一着を取り出した。
「じゃあやっぱり、こっちのズボンもそうだよね」
みんな呼吸を忘れてそれらの品々を見た。

 昴は、自分が今、どこで何をしているのか、それすらもはっきりとわからないぐらい混乱していた。
どうして新次郎の衣類がここに捨てられているんだ。
シャツもズボンも脱ぎ捨てて、どこに行ってしまったんだ。
いや、自分で脱いだりしない。誰かが脱がせた。
なぜ?なぜ服を脱がせた?
それに服だけしか残っていない。
何も着ていないはずの本人は?新次郎はどこへ行った?

 なおもゴミ箱をあさるサニーサイドが、一番奥から取り出したのは白い靴だった。
重さで下まで落ち込んでいたのだ。
「これは大河くんのじゃないね」
新品であったが、誰が見ても女の子の履く靴だった。真ん中に小さなブルーの造花が付けられている。

 それを見た瞬間、それまで呆然としていた昴がハッと顔を上げて、勢い良くサニーサイドから靴を奪った。
みんな驚いて昴を見る。

 昴は靴の裏側を確認すると、きつく目を瞑り、うめくように言った。
「……サイズが違ったから…捨てて行ったんだ…っ!」

 「どういう意味だい?」
皆を代表してサニーが問うが、
昴は完全に血の気が引いてしまっていて、誰が見ても立っているのがやっとの状態だった。
ダイアナが近づいて後ろからそっと支える。そうしてもらってようやく声を絞り出す。
「…着替えさせて………さらって行ったんだ…っ!新次郎だとわからないように……!おそらく、この靴に合うような…女の子の格好をさせて!」
声には抑えきれない怒りと、どうしたらいいかわからないと言う絶望が滲み出ていた。
絶句する一同に、続けて説明する。
「この靴は新次郎には小さすぎて入らなかったんだ。だから…だから……」
やっとそれだけを言うと、その先は声にならずに震えて消える。

 リカは新次郎のシャツを抱きしめた。
小さくなってからは、弟みたいに思えて、抱っこしたり頭をなでたりしてかわいがって来た。
事態を正確に把握してはいなかったが、みんなの様子から新次郎に大変な事が起こったのだと理解していた。
さらに強く、服を握ると、布とは違う感触に気が付いた。

 「すばる、この服になにか入ってるみたいだぞ」
シャツごと手渡して昴にまかせる。

 震える手でそれを受け取り確認すると、たしかに胸ポケットに何か入っている。
取り出して見ると、それはノートの一ページを破り取り、小さく折り畳んだぞんざいな紙で、一行目にはこう書かれていた。

 

 

 親愛なる九条昴殿へ

 

 

 

現在暗さMAX。この先は解決に向かって進んでいくのでいくらかマシかも?
いや、そんな事はないな…と自分で気付く。
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いつでも鋭い

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