六章 ―発覚―

 第一幕が終わり、休憩時間になった。星組のメンバーは明るく会話をしながら楽屋に向かう。
ダイアナは、会話に加わらずに一番後ろを歩いている昴に気が付いて声をかけた。
「昴さん、大河さんの事が気になるんですね」
ダイアナは杏里と違い、ちいさい新次郎を、以前のまま[大河さん]と呼んだ。
 声をかけられえると昴は苦笑して、
「気になる。できれば休憩時間は楽屋に連れてきてやりたい」
と、素直に認めた。
「昴は過保護なんだよ、あんまり甘やかすと、元に戻った時に、前よりもっとガキっぽい男になっちまうぞ」
サジータは言いながら楽屋のドアを開けた。

 それも悪くはないのだが、昴はそう考えながらみんなに続いて楽屋に入る。
するとそこにはなぜかラチェットがいて、なにやら椅子やテーブルの下を覗き込み、探し物をしている様子であった。
「何をしているんですか?ラチェットさん」
ジェミニが声をかけると、しゃがんでテーブルの下を見ていた彼女は立ち上がり、
歩み寄って昴の背後を確認し、それからさらに、今星組が歩いて来た廊下を見渡した。
「なんでもないのよ。ちょっと探し物をしているだけ、ここにはないみたいだから、他を探してくるわ」
ラチェットは笑顔だったが、その表情は硬く、緊張しているのが見て取れる。

 星組一同は顔を見合わせたが、彼女は皆が声をかける間もなく、小走りで楽屋を出て行ってしまった。
「どうなさったんでしょうね、ラチェットさん…」
ダイアナが言うと、みんなも頷いた。あきらかに様子がおかしかった。
いぶかしんでいると、またしても楽屋のドアが開き、今度は杏里が駆け込んできた。
室内を見渡してから、「失礼しました!」と出て行こうとする。

 「まて、杏里」
昴がすかさず杏里の腕を捕らえた。
「休憩時間なのに売店はどうした?さっきからラチェットと何を探している」
杏里はあきらかに狼狽していた。
「ごめんなさい、見つかってからお話しします」
 まっすぐに自分を見る昴から目を逸らし、出て行こうとする。
しかし昴は杏里を放さなかった。彼女たちが仕事を放棄してまで必死に探さなければならない物は、そんなに多くはない。
先ほどラチェットが、自分の背後を最初に確認していた時も引っかかっていたのだ。
鋭敏な昴にはそれだけで、彼女たちが何を探しているのか察しが着いた。
自分の考えが早とちりであって欲しいと願いながら確認する。

 「杏里、新次郎を探しているのか?」
その言葉に他のメンバーはハッとして昴を見やる。
杏里は、ごまかしきれないと悟って覚悟を決める。やはり自分には昴に隠し事をするなんて不可能だったのだ。

 

 

 

 新次郎がトイレに行ってから10分ほどが経った頃、二人は少し心配になって来た。
10分ぐらいなら、長いトイレとしては、それほど珍しくはなかったが、
今現在彼の事をまかされているのは自分たちであったから。
何か問題が起きたのかもしれない。トイレの水が流れないとか、洗面台に手が届かなくて悪戦苦闘しているとか。

 「杏里、あたしちょっと見てくるわね」
プラムはそう言って立ち上がった。
「わかった。まったくもう、大河さんは大人の時も子供の時も世話がやけるんだから!」
頬を膨らませる杏里に笑いかけて、プラムは男子トイレに向かった。

 プラムが着いた時、男子トイレには誰もいなかった。
客も、新次郎も。誰も。

 

 

 

 

 「それはどれぐらい前の事だ」
昴は勤めて冷静に、なるべく穏やかに問い正した。
意識してそうしないと、自分が動揺している事が明確に声に出てしまう。
そうなれば、ますますみんなを心配させてしまう。
 「…一時間ぐらい前です」
杏里は消え入りそうな小さな声で答えた。
(…一時間…?一時間と言ったのか?一時間も新次郎が行方不明?!)昴はその言葉が信じられずに絶句する。

 

 

 新次郎がいないとわかった時、二人はすぐにラチェットとサニーサイドに連絡をした。
全員で可能な限りシアターの内外を探したが見つからず、
ついに一幕が終わる時間になってしまった。
 空腹や渇きを訴える客を無視するわけにはいかないから、カフェは通常道理に営業するが、
売店の商品は他の時間でも購入できるため、杏里は休憩時間も新次郎を探す事になった。
 それから四人で相談して、新次郎が見つかるか、舞台が終わるまでは、この事は星組のメンバーには黙っている事にしたのだ。
特に昴には。
昴は彼をとても大事にしている。彼の姿が見当たらないとなれば、最悪舞台を放り出して、探しに行くと言い出すかもしれない。

 

 

 「ごめんなさい、ちゃんと見ていなかったわたしの責任です。必ず探し出しますから、ご心配なさらずに舞台に出ていてください」
今にも泣き出しそうな杏里を責める事は出来なかった。
昴だってトイレまでは付いていかなかっただろう。
「いや、杏里のせいじゃないよ、新次郎を探してくれてありがとう」
そう言って楽屋から出て行こうとする。
「ちょっと昴!どこに行くんだい!」
サジータがすかさず昴を捕まえた。
「決まっているだろう、新次郎を探しに行って来る」

 唖然とする一同を見渡して、自分の腕を掴んでいるサジータに静かに話しかける。
「あの子は自分の勝手で言いつけを破ったりしない。何かあったんだ。僕は探しに行く」
「探しに行くって…その格好で!?そのままフロアに出て行ったりしたら、たちまち取り囲まれて身動きとれなくなるよ!」
もちろん全員舞台衣装のままだ。
言い争う二人に口を挟めず、他のメンバーがオロオロとしていると、今まで黙っていたリカが指摘した。
「もうすぐ休憩時間は終わりだぞ!すばる、次の舞台出ないのか?今日はもうお客さんたちに帰ってもらうのか?」
その言葉に、昴は自分がひどく冷静さを失っていた事を自覚する。
たしかに今すぐ自分がフロアに出ても、新次郎を探せる状況ではない。それがわかっていても探しに行ってやりたかったのだが。
たとえ無理にそうした所で、混乱を呼ぶばかりで、なんの助けにもならないだろう。

 昴は一つため息を付くと、リカに向かって笑顔を見せた。
「…いや…すまないリカ。心配ない。二幕もちゃんと出演するよ」
それを聞いて一同はホッと胸を撫で下ろした。
「それにしても、新次郎、どこにいっちゃったんだろう」
ジェミニが心配そうに呟いた。
杏里は皆に一礼すると、
「私、必ず探し出します。見つかったらすぐにご連絡しますから、心配なさらないで待っていて下さい」
先ほどと同じ内容のセリフを告げて駆け足で楽屋を去っていった。

 見送る昴の呼吸が、知らず、荒くなる。落ち着こうと目を瞑る。
(大丈夫。しっかりしていても、まだ子供なんだから、騒ぎを知らずにきっとどこかで一人遊んでいるに違いない)
そう思おうと勤める。しかしその一方で、悪い考えが頭から離れない。
(…新次郎……新次郎…、どこにいるんだ…。あまり僕の寿命を縮めるな)

 それでも、周囲には自分の動揺をなるべく知られないように、出来るだけゆっくりと舞台裏に向かって歩く。
歩いているうちに廊下の角から新次郎が現れて、走り寄ってくるかもしれないから。
まだ回りきらない舌で、自分の名前を呼ぶ声が、聞こえるかもしれないから。

 そうなって欲しい。
早く姿が見たい。
出てきたらうんと叱ってやる。

 しかし、やはり新次郎は現れないまま、昴は舞台裏に到着してしまった。
もうすぐ次の舞台の幕が開く。

 

 

 

 

 

 

いないだけで昴さんかなり動揺中。

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