サジータと新次郎 9

 

 あたしは新次郎を背おったカルロスのあとを走ってた。
あいつ……、子供を背負っているくせに速いね……。
そういや現場がどこだか聞いてなかったんだよ。
この方角はまずい。
嫌な予感だ。
だってこのまま行ったらマーキュリーの前を通り過ぎる。
その時に昴に目撃されたら大いにまずい。

 けどカルロスはそんな事おかまいなしだ。
新次郎を背負ったまますごいスピードで走ってく。
いよいよマーキュリーの前を通り過ぎる段になって、ちょっと遠回りできないか声をかけてみようと思ったその時、カルロスがひょいっと角を曲がった。

 おお、良かった。
どうやらマーキュリーの手前を曲がってどっかに行くみたいだね。
「ぎゃっ」
カルロスにくっついて角を曲がった瞬間、いきおいよくカルロスの背中にぶつかった。
背中には新次郎がのっかってたけど、頑丈な腕がガードしてるからあいつは無事だ。
無事じゃないのはあたしだよ!
「なんで止まってるんだい!」
「ここだぜ姉さん!」
「お?」
なるほど、何人かが地面に伸びてるし、残ってる数人ずつも睨み合ってる。
遠巻きにしている見物人もちらほらと。

 「こらー! あんた達! こんなとこで喧嘩すんじゃないよ!」
「あ、姉さん!」
一斉に全員が振り向く。
相手の連中も良く知っている奴らだった。
前に、つまんない理由で補導されて、釈放の手続きを手伝った奴らだ。
そのつまんない理由ってのは、ほんっとーにつまんない理由で、工事現場のコンクリをけっとばして遊んでて、たまたまそこを歩いてた通行人にぶちあたっちゃった、とかそんなんだ。
だからチンピラって言っても、別に悪人ってわけじゃない。
まだやりあっている連中の首根っこを引っつかんで引き離している間、カルロスのアホは新次郎を背負ったまま喧嘩に突撃していきそうだったので、すかさずこっちの襟首もひっつかむ。
まったく、子守なんだから大人しくしてろ!

喧嘩がどうにか収まると、途端に全員がぴよぴよと訴え始めた。
相手も、うちの連中も。
「姉さん! 聞いてくださいよ、こいつら……」
「違うんですぜ! こいつらが先に……」
てんでに喋っているのを聞くと、うちの連中がどうも相手グループのヒロインをナンパしたとか、
その兄貴がでばってきて喧嘩になったとか、どうもそう言った原因らしい。
原因の中心である女の子と、うちの若いのは、すみっこで大人しくしていた。
手を取り合って深刻な表情。
おや、どうもナンパというよりは、本気なんじゃないかね。
「とにかく喧嘩はおやめ。捕まっても保釈金は立て替えないよ」
「で、でも……!」
「シャラップ!」
まったく、喧嘩っ早い連中ばっかりだと本当にあたしが苦労する!
景気づけに髪をほどいて、あたしは女の子の兄貴と思われる、プロレスラーみたいな男に指をつきつけた。
「あんたがいくらわめいたって、あの子は嫌がってないじゃないか」
「あいつは俺の妹だ。相手は俺が決める」
さすがに体格が良いだけあって態度もでかいし、動揺がない。
あたしがもっと言ってやろうと思ったら、今度は妹の方が立ち上がって叫んだ。
「私の相手は私が決める! にいちゃんは黙っててよ!」
ひゅー。
言うね言うね。
あたしもあたしの仲間も、相手のグループも、へーって顔になったけど、兄貴はまったく動じない。
「帰るぞ」
「帰らないよ!」
兄貴は有無を言わさず、女の子の腕を掴む。
今度は女の子に寄り沿ってたうちの若いのが、兄貴を突き飛ばした。

 途端になごやかだった空気がまた、どっと膨れ上がる。
「やろう! なにしやがる!」
「ぶちのめせ!」
あーせっかく収まりかけたのに。
うんざりしかけたそのときだ。
「だめですよ!」
その場に似合わない、たどたどしい声。
「けんかしちゃだめ!」
新次郎の奴が騒ぎの真ん中で、平気な顔して一人立っていた。
おおお、し、新次郎、お前いつのまに!
カルロスを見ると、あたしの方を振り向いて、小さい声で、やっちまいましたね。なんてほざいた。
やっちまいましたねじゃないよ! あんたが見ているって約束だろ!
「なんだこのガキ……」
案の定、兄貴の額にはくっきりと血管が浮き出てる。
はやいとこアイツを回収してこなきゃ、しかしどのタイミングで……。

 「おねえちゃん」
新次郎は、泣いている女の子のところにトコトコと歩み寄った。
「このおにいちゃんがすきなの?」
恋人未満友達以上と思われる、うちの若いのを遠慮なく指差す。
彼女は泣き顔のまま、かすかに頷いた。
「あっちのおにいちゃんは?」
今度は兄貴の方だ。
「すきだよ……一人だけの家族だもん。愛してるよ」
それを聞くと、兄貴は苦虫を噛み潰したような顔になった。
しかし新次郎はまったく臆する事なく、怒りを押し殺すゴリラみたいな顔の兄貴に近づいてく。
「すきなひとどうしがけんかしたら、おねえちゃんはないちゃうよ」
うおー、それ以上近づくんじゃない! 何も言うな!
あたしは回収のタイミングを見計らいつつ、とにかく新次郎が戻ってくることを祈った。

 

 

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ちびじろーは、いけー! とか言うよ

 

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