サジータと新次郎 7

 

 あたしが事務仕事をしている横の机で、新次郎は真面目な顔して絵を描いていた。
上から見下ろすと、ほっぺたがぷっくりしているのがよくわかる。
丁度数字の3のへっこんだ部分に鼻がある感じ。
こどもの形っておもしろいねえ。
あたしが観察していても、新次郎は気付かない。
ちょっと口を尖らすようにして、かなり真剣だ。
「何かいてんだい?」
「ないしょです!」
とたんに新次郎は、ハッとなって絵を隠そうとする。
いつもならちょっと強引にでも絵をみちゃうんだけどさ、今日はグッと我慢した。
今ここで短気を起こすと、このあと仲良くなる計画がおじゃんだからね。

 新次郎は、あたしが絵を覗こうとしていると思ったのか、机をぐるっと横に回してあたしに背中を向けて絵を描きだした。
……かわいくないな。

 ともあれ、あたしの仕事は30分ほどで終わった。
本当はもうちょっとやる事あったんだけどさ、それはまた明日で良いさ。
なんてったって、今日は新次郎が家にいるんだし、そんなチャンスは二度とないかもしれないからね。
「よう、お待たせ、仕事終わったから、遊べるぞ」
しかし新次郎は振り向かない。
「おい、新次郎」
「まだだめー」
「なにが駄目だい」
どうやら新次郎はお絵かきに夢中になっていて、とりあえずほかの事をして遊ぼうとは思っていないようだ。
「絵なんかいつでも描けるだろ。あたしんちにしかない物で遊ぼう」
「さじーたたんちにしかないのってなあに?」
む。
あはは、実は適当な事を言ったんだ。
何があるかねえ。

 「そうだな、本ならいっぱいあるよ」
「えほん?!」
新次郎は目をキラキラさせて振り向いた。
「いや……、法律全書とかだけど……」
「ほーりつぜんしょってなんですか?」
「……悪い奴をやっつける為の勉強用」
我ながら、そんな本を提案するなんてバカだとわかってるんだけどさ、ついね。
「おべんきょうかあ、えもいっぱいある?」
「いんや、絵はない。字だけ」
「えがないのはつまんない」
そりゃそうだ。

 あたしはちょっと困っちまった。
前もって新次郎が来る事をわかっていればさあ、色々と準備したんだけど、なにせ突然だったから何にもない。
「ねえさじーたたん」
考え込んでたら、新次郎はあたしの服のすそをちょいちょいとひっぱった。
おっと、これはかわいい。
「あのね、ばうんさーにのりたいなあ」
「だよなー」
わかってるんだけどさあ、でもなー。

 以前、バウンサーにちょこっと乗せてやった時、新次郎はバウンサーから落っこちて怪我をした事がある。
止まってる時だったし、怪我もちょっとすりむいただけだったけど、昴は真っ青になってた。
またなんかあったら、あたしゃ昴に殺されるよ。
あの時の怒り狂う昴を目にした新次郎も、それをわかっているから遠慮がちに言っているんだろう。
しかも今は夜だし、ここは紐育でも最も治安の悪いハーレムだ。
「だめですか?」
うっ。
そ、そんな目でみるなああー!

 いつもいつも、昴の奴が新次郎にアホみたいに甘すぎると思っていたけれど、こんな風にされたらどうしようもない。
「し、しょうがないね、ちょっとだけならいいかな」
「やったー!」
あたしは甘やかしてるんじゃないよ、新次郎がなれない場所で寂しがらないように、さ。
うん、断じて甘やかしではない。
新次郎は喜んでその場でぴょんぴょんジャンプしていた。
そうかそうか、そんなに嬉しいか。
「すばるたんとこにいきたい!」
「なに?!」
な、バカ言うな。
昴には内緒だぞと、付け足す予定だったのに。
「すばるたん、すごくちかくなんだってー、あるいてさんぷんっていってたもん」
昴の奴、余計な事を。
「でもな新次郎、あたしたちが夜、バウンサーに乗ってたことがばれたら昴は怒るんじゃないか?」
「ないしょにすればいいですよ」
「……」
こいつ、ガキの癖に腹黒い……。

 でもなあ、内緒にするって言ったって、歩いて来たって言っても絶対怒るぞあいつ。
それにあたしも、あんまりハーレムを子供連れで歩きたくない。
この街に住んでいるからこそ、危険な事も良く知っているからね。
「やっぱ駄目」
「えー?!」
「そのかわりさ、今度昼間、のっけてやるから」
あっ、またあの目だ!
うるうるきらきら……。
「だ、だめったらだめだ! のってもいいけど動かさないよ!」
「ちぇー」
泣くかと思ったけど、案外簡単に新次郎はあきらめた。
やれやれだ。
でもバウンサーなしとなると、やっぱり何していいかわかんないね。
普段昴はどうやってこいつと過ごしてるんだろう。
もっと色々聞いときゃよかったよ。

 

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演技。

 

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