サジータと新次郎 6

 

 昴に連れられてあたしの部屋に入った新次郎は、昴が帰った後もぽかんと口を開けたまましばらくそこに突っ立ってた。
なんだなんだ。いつものこいつらしくないね。
「さて新次郎、二時間なにして遊ぶ?」
「さじーたたん」
「ん?」
新次郎はびっくりした顔のままだ。
「ここ、さじーたたんのおうち?」
「まあ、家の一部だな。事務所だよ」
「じむしょ?」
「仕事すっとこ」
「えー?!」
今度こそ新次郎は本気で驚いたようだった。
なにがそんなにびっくりするかね。
「なんかへんか?」
「だって、すっごく……」
そこで新次郎は言葉を止める。

 なんだかもじもじと言い難そうだ。
あたしは精一杯やさしい表情で、新次郎の顔を覗き込んでやった。
二時間良好な関係でいたいからね。
「すっごく、なんだい?」
新次郎は子供の癖に、遠慮がちに目を伏せて、小さい声で言った。
「すっごく……、ちらかってます」
うおー!
何を言うんだこいつは!
あたしの部屋はともかく、事務所はそんなに散らかってな……。
……。
さっき書類をばら撒いたばっかりだった。
床は紙が撒かれているし、万年筆も転がってた。
「いやほら、あんたらが急に来るからびっくりしてさ、落としちまったんだよ」
でも今日のあたしは、新次郎に嫌な事突っ込まれてもちょっとやそっとじゃ怒らないよ。
「そっか、あーびっくりしたー」
まったく、そんな驚くような事じゃないじゃん。
ちょっとむっとしたけど、新次郎がバラ撒かれた書類を拾い始めたので、あたしも慌てて書類を拾った。

 ちっこい新次郎がしゃがんで紙を拾っていると、もっとひどく小さく見える。
紙を拾う指とか、子供の手って、あんなに小さかったっけ……。
それに、下向いた時に丸出しになるうなじの心もとないこと。
「はい、さじーたたん!」
「おっ、サンキュ」
あたしがボケっとしてる間に、新次郎は紙を拾い終わって満面の笑みだ。
「おせわになります!」
おおお、あたしにむかって頭を下げた!
「いや、二時間だけだし、好きに遊びな」
「はーい」
元気いっぱいに返事をすると、新次郎は肩からナナメにかけてたでっかい鞄を、よっこらしょと前に持ってくる。
中身がなんなのか気になって覗いたら、色鉛筆だのクレヨンだの、ノートだのが入ってた。
昴が買ってやった物なんだろうけれど、かわいいカートゥーンの柄が入った、いかにも庶民向けの物だった。
あいつ、こういうの、絶対に買わないと思ってたよ。
昴が新次郎を連れて、アニメのキャラクターが描かれたノートを買ったのかと思うと面白すぎる。
ぜひその場面を見学したい。
あたしがニヤニヤしていると、新次郎はあたしの顔をまばたきもせずに眺めているじゃないか。
こら、あんまりじっと見るな!
「絵を描くのかい?」
「うん!」
さっきは、「はい」って言ったのに、今度は「うん」って返事だ。
挨拶が終わったと見て、もういつもの調子に戻ってきたね。

 「じゃあこっちのテーブルを使いな」
あたしは自分の部屋に入って、簡易テーブルを持ってくるつもりだった。
普段部屋でピザとか食べる時に使ってる奴。
まだ仕事が終わってないから、あと30分は事務所で仕事しないわけにはいかなかったからね。
それが終わったら、新次郎と遊んでやるんだ。
待たせている間は、あたしの机の隣でらくがきしてりゃいいよ。

 でも、あたしが部屋に入ったあとからついてきた新次郎は、あたしの部屋を見てまた固まってしまった。
「わっひゃー!」
あははっ、その口癖は子供の頃からかわってなかったんだねえ。
なんて暢気に笑ってられたのはこれが最後だった。
「いっぱいちらかってる!」
「気にしない気にしない、あとでまとめて大掃除すっからさ、ほら、あっちのテーブルを事務所に……」
「おそうじしなきゃ!」
「へ?」
新次郎はちっこい体であたしの横をすりぬけると、あっちこっちに散らばった本だの書類だのを拾い始めた。
「いいんだよ新次郎、あたしがあとで片付けるから、あんたは遊んで……」
「だめですよ! おかたづけしないと、おゆうはんぬきですよ!」
「夕飯はもう食ったよ」
途端に新次郎は不満げな顔。

 あーそういえば、でっかい新次郎が初めてこの部屋に来た日、あいつも部屋を掃除してくれたっけ。
……なんて暢気な事を考えている場合じゃないなこりゃ。
新次郎はせっせと掃除をしているつもりのようだったけど、さすがに大人の時と同じにはいかない。
一箇所にまとまってきてはいるけど、いろんなものがごっちゃになって、片付いているようには見えないよ。
あたしは新次郎がまとめたもろもろの品物と、ほかに床に散らばってた物を全部まとめて本棚の上にのっけてやった。
「うわー、あっというまにかたづいたー!」
「はは、サンキュ」
本当は、散らかってるものを見えない場所に押し込んだだけなんだけどさ。
子供なだけあってわからないみたいだ。
でもこれでとりあえずは落ち着いた。
あたしは予定通りテーブルを抱えると、事務所の机の横にちんまりと並べてやったんだ。

 

 

TOP 漫画TOP 前へ 次へ

私も掃除しなければ……。

 

inserted by FC2 system