サジータと新次郎 5

 

 「……残念でしたね、サジータさん」
「あはは、まあね」
あたしとダイアナは一緒に廊下をぶらぶら歩いてた。

 さっき、ダイアナが、大河さんをお風呂に入れさせてください! なんていうもんだから、
あたしは一瞬焦ったんだけどさ、昴はもっと驚いたみたいだった。
しばらくポカンと口をあけてたぐらいだから相当だ。
多分、あたし一人だったら昴は怒鳴り返してただろうね。
でも言い出したのはダイアナだったからさ、昴はちょっと困った顔をして、それからありがたいんだけどって、やっぱり断られた。

 「そうですよね、大河さんは、昴さんの恋人なんですもの」
ダイアナはほんのり頬を染めちゃったりして、ほんと、あいつらの話題が好きだね。
「子供になってしまっても、恋人の裸身は……」
「あーあー、生々しいからやめよう」
そんな風に言われると、でっかいあいつの裸を想像しちまうよ。
「まあ、サジータさんったら」
クスクス笑うダイアナと手を振って別れ、あたしも帰る準備をする事にした。
あ、そういや打ち合わせするんじゃなかったっけ。
まあ明日でもいいか。
愛車のバウンサーにまたがって、明日のための作戦を練る。
あの新次郎がいつまで子供のままかわかんないからさ。
なるべく早く仲良くなりたいよ。

 

 家について、あたしは机に足を投げ出して、おもいっきりだらしなく座ってやった。
弁護士の仕事の書類が山になって机の上に放置されてる。
そろそろ手をつけないとまずい案件ばっかり。
でもさー、やる気が起きないんだよね。
足を組みなおしたら、書類の束が一山崩れてバラバラと床に落ちた。
あー……。
さすがに重要な書類が床に散らばっている状態はまずいので、やれやれと体を起こしたときだった。
机の上の電話がけたたましく鳴って、あたしはひっくりかえりそうになった。
「誰だいまったく!」
受話器をひっつかんで耳に当てると、意外な人物の声。

 「サジータか?」
「昴?」
受話器から聞こえたのは、聞きなれた同僚の、これまた聞きなれた不機嫌そうな声。
「実は、急遽マーキュリーに用事が出来た。何時間か新次郎を預かってくれないか」
「は?」
「マーキュリーに子供を連れて行くわけにはいかない」
「あ、ああ、まあそうだろうね。いいよ」
声が裏返りそうになった。
「今、店に行く前に君の事務所に寄る」

 電話を切って、あたしはしばらくぼんやりしてた。
「やった……」
夢じゃない。
「よっしゃー!」
思いっきり叫んで、その場でジャンプしちまった。
はずみでまた書類が落ちちまったけど、まあいい。
ラッキーな事もあるもんだ。
あ、なんか菓子とか用意した方がいいかな。
どっかにクッキーがあったはず……。
戸棚の上をごそごそと探すんだけど、出てくるのはホコリばっかり。
あっちの棚だったかな……。
「サジータ!」
「うお!」
もう来たのか! どんだけ近くから電話してたんだあいつは。
ドアをノックする激しい音。
「わかったわかった。今あけるよ」

 扉を開けると、新次郎を抱いた昴は思いっきり不機嫌な顔だった。
「マーキュリーにシアターの常連が来てる。僕が常連と知って、僕のピアノが聞きたいと我侭を言って居座ってるんだ」
「あんたいつもそんなの無視してんじゃん」
でも昴は首を振って難しい顔。
「ただの常連じゃない。シアターの大株主の一人だ。酷く酔っ払って、もう5時間も居座っているそうだし、無関係の店にこれ以上迷惑をかけられない」
昴にしがみついた新次郎は、不安げにしているかと思いきや、興味深げに部屋の中を見渡していた。
昴は新次郎を降ろして、さっきとは打って変わって優しい笑顔。
よくそんなコロコロ表情を変えられるもんだ。
「いいかい新次郎、僕は二時間で戻ってくる。それまでサジータと仲良くできるかい?」
素直に頷く新次郎は、まだちょっと上の空。
「じゃあサジータ、すまないが頼む」
「心配ないよ。まかしときな」
もう一度新次郎の頭を撫でて、昴は事務所を出て行った。

 残されたあたしと新次郎は、なんとなく顔を見合わせる。
二時間!
たった二時間だけど、新次郎があたしのものに!
わがままな酔っ払い株主にシャンパンをおごってやりたい気分だよ。

 

 

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サジータさんちはどうですか。

 

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