サジータと新次郎 4

 

 「サジータ、どこに行っていたんだ」
あたしが楽屋に戻るなり、昴に不満そうに言われてムっとする。
「別に、やることないから散歩してた」
「君のパート、少しセリフが変わる。ダイアナが相談できなくて探してたぞ」
あちゃー。
ダイアナとあたしの掛け合いのパートだったんだね。
ダイアナに悪いことしちまったな。
でもさ、チャンスは少ないんだから仕方ないよ。

 あたしが舞台に向かって歩き出したのと一緒に、昴も楽屋から出た。
昴も舞台に行くのかと思ったら、ロビーの方に歩いていく。
「あんた、どこ行くんだい」
「僕の仕事はもう終わり。新次郎を迎えにいく」
「ずるいよ!」
「は?」
昴はきょとんと首をかしげた。
本当に何の事だかわからなかったらしい。
昴の、こんな表情は見たことないぞ。なんかちょっと得したかも。

 「たまにはさ、あたしが新次郎を迎えに行くよ」
いいアイデアだと思うんだ。
だってさあ、起こしに行くんだし、抱っこして起きちゃってもそれは不可抗力。
ついさっき行ったばっかりだけど、そんなのは気にしない。
「なぜ君が……」
昴はますます分けがわからないと言った表情。
段々不満げになってきて、眉間に皺がよってくる。
あーあー、あたしの見慣れた顔になってきたよ。
「たまにはいいじゃん」
「君はダイアナを待たせているんだ。早く舞台に戻るといい」
昴はきっぱりそういうと、くるっと後ろを向いて、あとはまったくあたしの方を振り向かないでいっちまった。

 あーあ、抱っこするって予定と全然違っちゃったね。
でもまあいいか、触れたし、頭とかほっぺたとか、ぷにぷにしたもんね。
ぶらぶらと舞台の方に戻ると、なるほどダイアナがあたしを待ってた。
「悪い悪い。ちょっと新次郎の奴を見学してきたんだ」
昴には言わなかったけど、ダイアナには教えてやった。
またせちまったし、ちょっとほら、自慢したかったんだよ。
「!」
とたんに目をむくダイアナ。
うーん、いい反応だねえ。
「大河さんのところに?!」
「ああ、あたしさ、あいつに嫌われてるっぽいから、寝てる間に近くで見てみようと思ってさあ」
「まあ……」
ダイアナは、あたしの手をしっかり握ると、力強く頷いた。
「サジータさん。大河さんはサジータさんを嫌ってなんかいませんよ。ただちょっと、怖がっているんです」
それを嫌ってるって言うんじゃないのかな。
でもダイアナは大真面目だ。
「わたしも協力しますから、大河さんと仲良しさんになってみましょう!」
それはねがったりかなったりだけど……。
「さあ、行きますよ!」
あたしが考えている間に、ダイアナはあたしの手を引っ張ってずんずん歩いていく。
協力するって、今すぐなのか?!
「ちょ、ちょっと、おい!」
「膳は急げ。思い立ったが吉日。ですよ!」
「セリフの確認はー?!」

 もう何を言っても無駄。
元気になったダイアナは、あたしなんかよりもずっと強いんじゃないかと時々思う。
されるがままに引き摺られて、あたしはさっき降りたばっかりのエレベーターへ。
そのまま屋上にあがって、立ち止まらずに秘書室まで突撃しちまった。
「あら、今度は二人?」
「ラチェットさん、大河さんはまだ中に?」
「ええ。さっき昴が迎えにきたわよ」
どれどれとあたしとダイアナが扉を開けると、なるほど昴が新次郎を抱き上げていた。

 あたしがあんなに苦労しても出来ないことを、いともあっさりとなんでもない事のようにやってる昴がにくたらしい。
新次郎はまだ眠いのか、昴の肩に顔をうずめてむにゃむにゃ言ってた。
「どうした、二人とも」
新次郎を抱いたままの昴が振り向いて、サニーもこっちを見る。
あの顔。
サニーサイドの奴、あたしを見て、にやっと笑いやがった。
でもさ、あたし、特に用事もなかったし、昴にどうしたって聞かれてもちょっと返事に困るんだよね。
あたしが黙っていたら、ダイアナが一歩前に出て堂々と宣言した。
「今日はわたしとサジータさんが、大河さんをお風呂に入れてあげてもいいですか?」
あー……。
あたしは天井を仰いで、思わず額に手を当てちまったんだ。
だってそれ、さっきあたしが断ったんだから。

 

 

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きっと鼻息が荒くなっている。

 

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