遠くにありて 2

 

 「うわ〜!! すごいすごい!!」
新次郎はスターの中で、興奮しながら身を乗り出した。
「暴れると頭をぶつけたりして危ないぞ」
注意しつつも昴は笑顔だ。

 今、昴は新次郎を膝の上に抱き、まばゆい陽光を浴びる摩天楼を、ランダムスターで緩やかに飛んでいた。
周囲には仲間達も一緒だ。
「おーい、新次郎! どうだいあたしのスターは! 一番かっこいいだろ!」
隣を飛ぶサジータは、黒い機体を見せびらかすようにクルリと横方向に一回転してみせた。
「リカのがかっこいいぞー! ちょーはやいし!」
シューティングスターは負けじとばかりにくるくると回転しつづける。
「あらあら、リカ、目が回ってしまいますよ?」
「速さだったら、ボクだって負けないぞー!」
ジェミニはエンジンをブーストさせ、一気に先頭を飛んでいく。

 「いいなあ、しんじろーも、ふじやまくんでとびたいなあ……」
「ふじやまくん!?」
新次郎の言葉に昴は思わず噴き出した。
「あれ? そういうおなまえじゃなかったですか?」
「あ、いや、うん。あってるよ。フジヤマ、だけど、ね……」
まるで人名のような呼び方が面白くて、昴は笑いを堪えるのが精一杯だった。
「ふじやまくんも、おるすばんできっとつまんないですよ」
「大丈夫、すぐに彼も一緒に飛べるさ、それよりも僕のランダムスターを楽しんでくれないのかい?」
昴は唇を尖らせている子供の顔を覗き込み、操縦桿を引いた。
ドウ、とエンジンの低音が響き、ランダムスターは一気に加速してジェミニに並ぶ。
「すっごくたのしいです!」
途端に新次郎は笑顔になった。

 摩天楼はまだ正午になったばかり。
巨大なビル群にはめ込まれた幾千もの窓が、晴天の下で彼らのエンジンの炎に照らされて金色に輝いた。
「あ、あそこ、すばるたんち!」
黒曜石のような壁の、四角い建物に、新次郎は指をさす。
「良くわかったね」
下から見るのと上空から見るのではかなり印象が違うのだが、新次郎は迷わなかった。
おそらく、彼が普段歩いている周囲の地図が、もうすっかり頭の中に入っているのだろう。
男の子は地理に強い。

 「しんじろーのおうちは?」
「え?」
子供の問いに昴は首をかしげる。
大河が以前住んでいたアパートに、子供の新次郎は一度も行った事がなかったし、なによりそこに住んでいたという事すら知らない。
「シアターならほら、あそこの……」
「しあたーじゃなくて、しんじろーのおうち……」
新次郎は幾分不安げにしているように見えた。
もしかして、彼は日本の、彼の本当の実家の事を言っているのではないか。
昴はハッとして、抱いている彼の横顔を見つめる。

 今日まで、新次郎はほとんど家の事を話さなかった。
時折お母さんがこう言った、とか、こんな事をした、などと話してくれる事はあったけれども。
「新次郎、ここからだと君の家は遠すぎて見えないんだ」
「そっかあ……、とんでいけないんですか?」
帰りたい、と言われた事も一度もなかった。
それは彼なりに、ここが以前自分が住んでいた場所とまったく違っていて、容易な事では両親に会う事も敵わない場所なのだと感じていたせいだろう。
だから、こんな風に切なく問われると、昴の胸が苦しくなる。
「うん、ごめんよ、すごく遠いんだ」
新次郎は振り向かずにモニターに手を当てて地上を見つめていた。
「お母さんに会いたい?」
「……あいたいけど、すばるたんがいてくれるもん……」
そう言って、昴に抱きつく。
「すばるたんが、おかーたんのかわりになってくれるっていったもん」
「ああ、約束だ。君が帰れる日まで……」
元に、戻るその日まで。
昴はあの日の決意を改めて胸に刻み、暖かな新次郎の体を抱きしめた。

 

 紐育上空を、久しぶりに星組の編隊が飛び、街を行く人々も空を見上げて親しげに手を振った。
手を振る自分達のそんな様子が上空から見えるとは、彼らも考えていなかったが、
それでも、命がけで街を守った彼らに対する親愛の感情を隠そうとはしない。
「おや?」
その中の一人は首をかしげる。
彼は紐育を守った英雄達が大好きで、彼らの情報にとても詳しかった。
友人達にマニアと呼ばれるほどに、遠くに彼らの撮影された写真などを集め、機体の色や形、もちろん数も把握していた。
「隊長機がいないなあ」
いつも先頭を飛んでいた純白の機体、それだけが見当たらない。
けれど彼はあまり心配しなかった。
まっすぐに雲を引いて先を争うように空を飛んでいく英雄達は、とても楽しんでいるように見えたから。

 

 

TOP 漫画TOP 前へ 次へ

家は超遠かった。

 

inserted by FC2 system