遠くにありて 3

 

 「新次郎は寝ちまったのかい?」
演習を終えて、みんなはシアターへ戻ってきていた。
全員まだ戦闘服のままだ。
昴に抱きかかえられた子供は安らかな寝息を立てている。
すやすや眠る新次郎の顔を、サジータは覗き込んだ。
「スターの中で寝るなんて、こいつが始めてじゃないか?」
「ふふ、そうかもしれないな」

 長時間空を飛んでいたものだから、新次郎は途中で眠り込んでしまった。
本来なら昼寝している時間だったし、前半はかなり興奮して暴れていたから疲労もあっただろう。
「子供と言うのは、突然エネルギーが尽きたように眠ってしまうものなんですよね」
ダイアナも愛しげな視線を落とす。

 昴は新次郎をいつものようにサニーの所で寝かせ、自分は仕事に戻った。
予定外にスターを飛ばしたので、みんな色々と忙しくなってしまった。
それでも一緒に飛びたかったから予定を詰めたわけだけどれど。

 そんな中で、ダイアナだけは余裕があった。
彼女だけ、次の公演に出演する予定がなかったからだ。
みんなが練習する様子を客席から眺めていたダイアナだったが、ふと思い立って歩き出した。
顔を出したのは敬愛する叔父の仕事部屋、司令室だ。
そこで新次郎が寝ているのを思い出したのだ。

 いつも控えめに小さい新次郎をかわいがってきたダイアナだったが、
本当は皆がそうしているように、もっと彼を抱きしめたり頭を撫でたりしてみたかった。
けれどもつい遠慮してしまって、なかなか機会がまわってこない。
今日のような日ならば、独り占めできるのではないかと思いついた。

 「失礼します、おじさま」
ノックをして、扉を開けると、サニーは受話器に手を伸ばしているところだった。
「おっと、丁度良かったダイアナ!」
持ち上げかけた受話器を下ろし、嬉しそうに微笑む。
「ちょっとトラブルがあってね、出かけなきゃならないんだけど、大河君を見ててくれるかい?」
ダイアナにとってもそれは願ってもいない事だった。
「もちろん見ていますけど、おじさまは大丈夫なんですか?」
「どうってことないさ。ただボクが行かないと片付かないんでね。じゃあ悪いけど頼むよ」
サニーは片手を挙げ、ウインクして忙しく部屋を去って行ってしまった。

 残されたダイアナは大きなソファですやすやと眠る子供の傍に静かに近寄る。
「うふふ……」
しゃがんで、薔薇色のほっぺたをじっと見た。
我慢できなくなって、そっと突いてみたり。
「う、うーん……」
「あらいけない」
つんつんしていると、新次郎がむずがったので、ダイアナは慌てて手をひっこめた。
かわりにそっと隣に座る。

 彼と二人っきりになるなんて、本当に初めてだった。
嬉しくて幸せで頬が緩む。
本当は抱き上げて、腕の中で眠っている様子も見たかったのだが、さすがに目を覚ましてしまうかもしれないと思うと手が出せない。
「……、……たん……」
「……どうしたの?」
新次郎が眠りながら何事か呟いた。
「おかーたん……」
クスンと鼻を啜り、丸くなってしまう。
「まあ……」
いとけないその様子に、ダイアナは胸がキュンと締め付けられた。
「大丈夫ですよ、泣かないで……」
手を伸ばして頭を撫でてやると、新次郎はぐずぐずと起き出して、ダイアナに抱きついてくる。
「おかーたんん」
寝ぼけているのだろうが、しっかりとしがみついて離れない。
そしてそのまま、また寝息を立て始める。

 ダイアナは、新次郎の背中をなでてやりながら、幸せと同時に悲しい気分を味わっていた。
それは彼を、どうしても母親に会わせてあげられないという無力感から。
「ごめんなさい、でも、みんな傍にいますからね、わたしたちも、昴さんもですよ。だから泣かないで」
言い聞かせながらも、ダイアナはなんとか彼を母親に会わせてあげられないものかと思案し始めていた。

 

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控えめなので難しいんですよー。

 

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