病院の怪談 16

 

 大河と昴は少年の両親のあとをついていかないことにした。
どんなやりとりがなされるか、とても気になったし心配でもあったけれど、あの二人が自分たちの子供を愛していることは間違いないし、きっとそれは少年にも伝わるだろう。
余計な人間が付いて行ってはせっかくの家族水入らずを邪魔してしまう。

 ダイアナと一緒に待合室でこれまでの経緯などとまとめようか、などと三人で椅子に腰掛け、わずか数秒。
病院の廊下をすごい勢いで駆け寄ってくる足音が響いた。
受付に飛び込む勢いで走ってきたのは、少年の父親だ。
「す、すみません」
はあはあと息をきらし、カウンターにしがみつく。
さきほど対応してくれた看護婦はすでに受付にいなかった。
ダイアナが立ち上がって、相手を落ち着かせる穏やかな笑みを浮かべ近づく。
「どうなさいました?」
やさしく微笑む天使のようなダイアナに、すがりつかんばかりの勢いで、男性は訴えた。
「む、息子がいないんです!」
「いない?」
様子を伺っていた、昴と大河も顔を見合わせる。

 しかしダイアナは笑顔を崩さず、
「きっと、おトイレか、休憩室ですよ」
と、相変わらず落ち着いた口調で話すので、男性もいくらか冷静になってきたようだ。
「今、妻が探しています。でもトイレはすでに探しました」
「おトイレはあちこちにありますし、休憩室の近くのトイレは探してみましたか?」
「い、いえ、病室の横のトイレだけ……」
では、ご案内しますから一緒にいきましょうとダイアナが歩き始めたので、今度は大河と昴もついていくことにした。

 「ダイアナさん、さすがですね」
歩きながら、大河は昴にこそこそと耳打ちする。
「そうだな、重症患者が来院しても、冷静でいられなければ医者など勤められないだろうし」
かよわそうに見えるダイアナだけれど、精神的には星組のだれよりも成熟している事を昴は知っていた。
大きな病気を患い、克服してきた過去があるせいかもしれないけれど、昴はダイアナのそういう部分が好きだった。
「それにしても、僕は少々いやな予感がする……」
「大丈夫ですよ、あの子、いつも病室を抜け出して散歩してたし、そのへんにいますって」
のんきな相棒の言葉に思わず苦笑した。
確かに、先日恐ろしい目にあったせいで臆病になっているのかもしれない。

 病室に近づくと、あの母親が不安げに息子を探し回っている姿が見えた。
ダイアナと夫を見つけて駆け寄ってくる。
「見つかった?」
夫婦は同時に声をかけ、同時に息子がまだ見つかっていないことを悟った。
焦燥感をあらわにしてきょろきょろと周囲を見渡す。
面会時間を過ぎた病院で、大声をあげ息子を呼ばわるわけにいかない。
遠慮がちにはしりまわるのが精一杯だ。
もどかしくてたまらないのだろう。

 ダイアナは、全員を引き連れて、夫婦がまだ回っていないという、少年がよくいる休憩室、それと、その近くのトイレも確認した。
しかしやはり少年は見つけられなかった。
次はどこを探すのか、と、目で訴えている夫婦に、ダイアナも少しばかり困っているようだった。
昴がそこへ片手を挙げて前に出る。
「提案だ。全員で回っては効率が悪い。三手に別れよう」
ここにいるのは5人だった。
「ダイアナ、君は受付に戻って院内に残っているスタッフに協力を求めてくれ。ここより下のフロアを手分けして探してほしい」
こくりとダイアナがうなずく。
「あなたたち夫婦は引き続きこの階を探す。僕と大河はひとつ上のフロアを」
夫婦と大河も真剣な顔でうなずいた。
「30分でひとつのフロアを探し、そこの休憩室に集合して、見つからなければ他のフロアを探す」
昴は全員を見渡して、ため息をついた。
「残念だがここは病院だ。みんな承知しているとは思うけれど、他の患者が不安になるような行為は控えてくれ。なるべく静かに、目立たないよう」

 すぐに解散しそうになった一同を、昴は最後にもう一度呼び戻す。
「もうひとつ、一番重要なことだ」
真剣な表情を見て、あせりのあまり足踏みしている夫婦も動きを止めた。
「金髪巻き毛の少女をみかけても、決してそばに近寄らないこと。万が一話しかけられた場合、絶対に返事をせず、即座にこの場所にもどってくること」
大河もダイアナも、あの少女が何をしたのか知っていたので、黙ってうなずいた。
不審そうな夫婦に、昴は続けて、
「可憐な姿をしているが、とても危険な存在だ。下手をすれば命にかかわる。今は詳しく話している時間がないけれど、必ず守ってほしい」
「わかったわ、なんだか知らないけど、天使みたいな子がいたら無視すればいいのね。じゃあもう探しにいっていい?」
面会時間が終わってから、すでに一時間、周囲はすっかり暗くなり、消灯の時間も迫っていた。

 

 

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 ダイアナさんの脅迫

 

 

 

 

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