恋人の時間

 

 「おーい! 新次郎、オッハヨー!」
次の日、ボクはいつもみたいに新次郎に抱きついた。
「わひゃー! ジェミニ! お、おはよう」
困った顔、かわいいんだ、新次郎。

 本当はさ、いつもと同じように抱きついちゃうのはちょっと緊張した。
だって、やっぱりボク、新次郎が好きなまんまだったってわかっちゃったから。
続けて入ってきたリカも新次郎に抱きついたので、二人で新次郎をぎゅーってした。
そこに入ってきたサジータさんが、お前らずるいぞってボクたち三人をまとめてぎゅーっとしてくれた。
ダイアナさんは、お団子みたいになってるボクたちを見て、みなさん、本当に仲良しさんですねって言って笑ってる。
最後に入ってきたのは昴さんだった。
昴さんは優しく微笑んで、何も言わずにソファに腰掛ける。

 いつもと同じ朝。

 

 でも、ボクはいつもとちょっと違うんだ。
「昴さん! ちょっとお話があるんだけどいいかな」
「ん?」
新聞を広げて目を通していた昴さんが顔をあげる。
ボクはその細い手首をとって、一緒に歩き出した。

 昴さんの歩き方は本当にすごい。
まっすぐに足を運ぶ歩き方を、ボクは何度も真似しようとしたんだけど、絶対にできないんだ。
大股で歩いているわけでも、早足で歩いているわけでもないのに、ボクは普通に歩いているだけじゃ昴さんの速度に追いつけない。
でも今日の昴さんは、ボクに手を繋がれているからか、ちょっと困った様子でひっぱられてる。
ボクは昴さんを小道具部屋に連れてった。
誰にも聞かれたくなかったんだ。

 部屋の鍵をかけて振り向いたら、昴さんは小道具のソファに座ってた。
早いよ昴さん!
「ジェミニも座るといい」
「う、うん」
ちょっと緊張したけど、ボクは昴さんのとなりにちょこんと座った。
えーっと、何から話したらいいのかな。
しばらく沈黙の時間があったんだけど、昴さんはにっこりしたまま何も言わないで待っててくれた。
だから、ボクも意を決して話し始める。
そのために昴さんを引っ張ってきたんだもんね!
「あのね、昴さん!」
「うん」
「ボ、ボク……」
「昨日の彼をふったんだろう?」
「そうなんだけど……」
昴さんは頷いて、扇で自分の顎を押さえた。
「好きな人がいるんだね」
ボクは頷く。

 誰が好き、とは言わなかった。
きっと昴さんはわかってる。
昴さんは少し上を向いて、何かを考えているみたいだった。
でもすぐに、ボクの方に向き直る。
「じゃあジェミニ、君と僕はライバル同士だね」
「え?! ライバル?!」
「ああ。諦めない事にしたんだろ?」
あれれ、そうなのかな、ボク、諦めてたと思ったんだけど……。
「僕だけじゃないぞ、リカも、サジータも、ダイアナも、みんなライバルだ」
「でも昴さんは新次郎の恋人なんじゃないの?」
あ、名前言っちゃった。
昴さんは扇を口元に当てて、ちょっと困った顔。
「そうだったらいいんだけど、この前君に聞かれただろう、彼に告白されたのかって」
うん。聞いたけど、答えてもらえなかった。
「……実は告白されていないし、僕からもしていない」
「ええーっ?!」
そ、そうだったのか!
「一緒にいるのがいつのまにか自然だったからね」
じゃあ……。

 「ボク、諦めなくてもいいのかなあ……」
こんなことを、昴さんに相談するのはおかしいんだけど、でも昴さん以外にいえないんだ。
そしたら、昴さんはものすごく優しい顔で笑った。
「心は理性とは違う。僕もそれを知ったのはごく最近だ。諦めようと思って諦められるなら、誰かを好きになったりはしないよ」
そうだね、ボクも、新次郎を諦めようって思って、だから新しく好きな人を作ろうとしたけど、無理だったもん。
「じゃあ、ボクと昴さんはやっぱりライバルだね! リカもサジータさんもダイアナさんも!」
「僕は一歩リードしているぞ」
「出遅れてたって負けないよ」

 ボクたちはソファに隣り合って座ったまま、肩を組んでいっぱい笑った。
本当は、昴さんは一歩どころか二歩も三歩もリードしてると思う。
だってきっと、新次郎は昴さんのことが好きだから。
でもそれでもいいんだ。
自分の気持ちに素直になろうと決めたんだから。

 楽屋に戻ったら、みんなは新次郎を囲んでお茶してた。
うーん、やっぱりみんなライバルなんだ。
見ると、テーブルの上のドーナツは最後の一個。
「イタダキ!」
ボクはドーナツに飛び掛った。
その瞬間、目の前からドーナツが消える。
甘いお菓子は昴さんの手の中だった。
「ふふ、遅かったねジェミニ」
ま、負けた……と思った時、昴さんのドーナツを握る手にリカがとびついて、手首ごと口の中に入れてしまった。

 あっというまの出来事で、昴さんもボクも固まってしまった。
「うっまーい!」
「リカ! ダメじゃないか! 昴さん、大丈夫ですか?!」
新次郎が慌てて昴さんからリカを引き離す。
「ドーナツおいしかった! しんじろーありがとーな」
リカは新次郎に抱きつく。
「あんたら……、それ、新次郎のドーナツだったんだよ。あんたらの分はほら、そっち。新次郎はあんたらが戻ったら食べるって待ってたのに……」
サジータさんに言われて見ると、確かにカウンターの上に、ドーナツが二個……。
「ご、ごめん新次郎ー!」
「いいよいいよ、リカ、昴さんにあやまってね」
「おう、ごめんなすばる」
昴さんは苦笑してる。

 ボクと昴さんは、ドーナツを半分ずつ新次郎にあげた。
リカは新次郎に抱っこされたまま、すっごく幸せそうに寝てる。
今日の勝利者はリカリッタ=アリエス。
ボクも昴さんも負けだ。
ボクは昴さんと視線を合わせてコッソリ笑った。
明日は、負けないぞ。

 

ジェミニの片想い、終了です!

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私の新次郎は告白しませんでした。昴さんに対して「好きだよ」って言うセリフが、なんか新次郎っぽくないと思って……。二回目はガッツリ告白しましたが!

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