君に贈る 

 

 大河に贈ったはずのぬいぐるみを、なぜか預かる事になってしまった僕は、くまを抱えた彼と共に僕のホテルへ向かっていた。
彼の為に購入したのに、結局僕の家に。
……腑に落ちない……。
しかし彼の家にこのぬいぐるみを置く場所がない事も充分承知している。
大河自身の表情を見ると、くまのおなかのあたりに顔をすりよせたりして、とても嬉しそうではあるのだが、彼が満足でも、僕が満足できない。
だから僕は、せめてホテルのレストランでディナーをおごってやろうと急遽計画していた。

 巨大なクマのぬいぐるみを抱えた大河と僕の組み合わせはとても注目をひく。
いつもクールなホテルの従業員も、大きなぬいぐるみにおどろいているようだが、
大河がニコニコと笑顔を返すので、釣られて笑ってしまっている。
部屋まで到着すると、僕はすぐにウォルターを呼んだ。
大河はくまの置き場所を検討するため、部屋中を歩き回っている。
その間に僕はウォルターと廊下で相談する事にした。

 「ウォルター、すまないが、レストランを予約できるだろうか」
「今からですか?」
「ああ。フルコースで。デザートにはなんでもかまわないからケーキを」
かなり難しい事は僕自身承知していた。
当日いきなりでは無理かもしれない。
そうなら外で食事をするのだけれど、きっとウォルターはなんとかしてくれる。
「それはかまわないのですが……」
ウォルターにしては歯切れの悪い様子に、僕は眉を寄せた。
「本日は、何か大河様の記念日とお見受けしますが」
「うん。実は彼の誕生日なんだ」
「そうでしたか」
途端にウォルターは、孫の誕生日を祝う祖父の笑顔になった。
彼は大河をとてもかわいがっているように見えるときがある。
もちろん、ホテルの客として節度を守った態度を貫いているけれど、大河と向かい合っている時、ウォルターの表情がとてもやわらかい。

 「さきほどのクマはお誕生日の贈り物だったのですね」
「なりゆきでね。僕の部屋に置くことになったけれど。ぬいぐるみだけでは僕が満足できないんだ。せめてディナーをと思ってね」
「お任せください。本日は平日ですし、とても静かで落ち着いた良い雰囲気ですよ」
はっきりそう言うと、続けて小声で初老のホテルマンは囁いた。
「お食事も素晴らしいですが、必要でしたらピアノのリクエストもお受けいたします」
小声で伝えてきたという事は、それは単に、希望の曲を演奏する、と言う意味ではない。
「……僕が歌ってもかまわない?」
「きっと、大河様はお喜びになりますよ」
はっきりかまわないとは、ウォルターは言わなかった。
多分、そのようなサービスは規約にないのだろう。
ホテルと契約している歌手の仕事を奪うことになりかねないし、僕自身、シアターとの契約に反する。
けれども今日は平日だから、普段はホテルのレストランやバーなどに出入りしている歌い手たちもいないのだろう。
僕自身のシアターとの契約は、相手がサニーサイドだから、まあどうとでもなる。

 ウォルターと内緒話を素早く終えた僕は部屋へと戻った。
目に入ったのは大河とクマが並んでソファに腰掛けて、蒸気TVを見ている光景。
まるで兄弟のように見えてつい笑ってしまう。
「あっ、昴さん、タイガー、ここでいいでしょうか」
名前で呼んでいるし。
「いや、そこだとちょっと……」
僕が駄目を伝えると、大河は困惑顔。
だから僕はすぐに理由を説明してやる。
「だってほら、ここは……」
クマを挟んだ大河の隣に腰掛けて、身を乗り出す。
「間にこいつがいたら、キスも出来ない」
「!」
途端に大河は真っ赤になると、慌ててクマを反対側に移動する。
そしてそっと手を伸ばした。

 目を閉じる。
そういえば、このソファで、僕は初めて彼にキスをした。
ほっぺただったし、あの時大河は眠っていたけれど。
けれど今回頬に触れたのは、彼の意外に大きな手の平。
耳の後ろまで覆われ、大河の指に触れた髪が心地よい。
その手の平に自分の指を重ねたとき、唇にやさしくやわらかな感触が届いた。

 大河のキスはいつも素晴らしく優しい。
時々物足りないけれど、今はこれ以上ないぐらいに最高だ。
何度か口付けを繰り返し、僕は目を開ける。
キスの後に視線を合わせて笑みを交わす幸福。
ふと大河の後ろに目をやると、くまのぬいぐるみは背中をむけられて置いてある。
その後姿が不満そうで、また笑ってしまった。
「ふふっ、やっぱりここじゃないほうがいいね」
「そうですね! 見られちゃいますものね」
声を出して笑いあって、僕達はくまの今後の住処を本気で相談し始めた。

 

 

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くまだってきっと困る。

 

 

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