君に贈る 

 

 ついにこの日がやってきた。今日は大河の誕生日だ。
前日のパーティの余韻か、みんな、なんとなく楽しげな雰囲気だ。
パーティは昨日のうちに終わったけれど、大河がシアターに顔を出すと、みんな一斉にお祝いの言葉をかける。

 実は、朝出勤する前に、何か彼の為に用意してやろうと計画していた。
誕生日当日だし、パーティには間に合わなかったけれど、今日ならまだ大丈夫だろうと。
ホテル内のモールはまだ開店前だったけれど、僕はショウウィンドウを眺めて回る。
実際に購入するのは昼休みだってかまわない。
けれどウィンドウ越しに見る商品はどれも、彼への贈り物として相応しいとは思えなかった。

 それで結局、僕はまた手ぶらで彼の前に立つ。
「誕生日、おめでとう、大河」
「ありがとうございます! 昴さん!」
大声でそういうと、大河は僕に抱きついた。
「!」
途端に周囲からひやかす声が飛び交った。
いつもの大河は仲間達の前で、こういうおおっぴらな事はしないのだけれど、誕生日で興奮しているのだろうか。
キスしてくれるかもと思ったが、さすがにそれはしなかった。
興奮していても、大河は大河だ。

 忙しい一日は、すぐに大河の誕生日だと言うことを忘れさせる。
少なくとも、僕以外のみんなは忘れていると思っていた。
けれど休憩時間に、彼女達が話しかけてきたのでそうではないと気がついた。
「なあ、昴、あんた新次郎へのプレゼント、何をやったんだい?」
「そうだよー、昴さん、結局教えてくれないし、昨日のパーティではあげなかったし」
やはりプレゼントを渡していない事を気付かれていたか。
しかしさすがに、その後も何も渡していないとは思っていなかったようだ。
サジータとジェミニは興味しんしんだ。
「わたしも知りたいです。何を差し上げたんですか?」
「リカもー! リカもしりたい!」
いつもは控えめなダイアナだが、こういう時はなぜかかなり積極的になる。
リカは、まあ、みんなの便乗だ。
「実はまだ決まってない」
「えええー!」
今度の声は全員の合唱。

 「あんた、まだ決まってないって、誕生日は今日だよ!?」
「今日あげなかったら、新次郎ガッカリするよー!」
「リカは、おかしがいいと思う!」
もっともな意見が飛び交って、僕は苦笑する。
お菓子ね、それでもいいんだけど……。
「昴さん」
黙っていたダイアナが、急に真剣な声を出した。
「ここはもういいですから、大河さんへの贈り物を買いに行ってください」
「はあ?!」
つい僕は頓狂な声をだしてしまう。
みんなが一斉に反対すると思っていた。特にサジータが。
けれども彼女達はダイアナの意見に神の声でも聞いたかのように反応し、顔を輝かせる。
「そうだよ! 昴さん! 行ってきなよ!」
「バースデーは特別なんだ、新次郎を喜ばせてやりな」
「誕生日! 誕生日! くるくるくるー!」

 抵抗したり拒否したりする間などあるわけもなく、僕はテラスから追い出された。
公演間近で忙しい時に、こんな場合じゃないとも思うけれど、同時に、やはり大河を喜ばせてやりたいと思いなおす。
好意に甘えて、少しの時間だけ自由にさせてもらおう。
ブロードウェイを歩きながら、周囲の店を見て回る。
もうこの際なんでもいいんじゃないかと、頭ではわかっているのに決められない。
大きなオモチャ屋の前に飾られた、僕の上半身ほどもある巨大なクマのぬいぐるみに微笑む。
邪気のない無邪気な表情が、大河に似ていた。
「お客さん、これが気に入ったのかい?」
店の店員が笑みを浮かべて話しかけてきた。
「いや……」
気に入らないわけじゃないけれど、さすがに成人男性に贈るのは憚られる。
それに大きすぎて、こんなものを贈ったら大河の部屋が狭くなる。
「このクマは特別なんだ。世界に一つしかない手作りでね、今日完成したばかりだよ」
確かに、耳につけられたタグにはシリアルナンバーが入れてあり、手作りである旨も記されていた。
「名前はタイガー」
「は?」
僕は自分の耳を疑った。
「熊に虎なんて、おかしいだろう」
僕の怪訝な声の意味を誤解して、男性はますます愉快そうに笑う。
「この耳のタグ、裏を見てごらん」
確認してみると、確かに名前が記されている。
tiger Birthday:20 08
僕は思わず目をむいた。

 

 

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大河の部屋は狭かった。

 

 

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