君に贈る 

 

 大河への誕生日プレゼント。
僕はここ数日その事ばかりを考えている。
誕生日のパーティは別に秘密でもなんでもなく、誕生日前日の仕事開けに中華街で行うことになっていた。
本当は当日にやってあげたかったが、公演日の関係で、誕生日当日はどうしても仕事を終えるのが遅くなってしまいそうだったから。
プラムと杏里がきっちり手配してくれて、何の問題もない。
スポンサーはサニーサイドだ。
誰かの誕生日の時は、なんだかんだとサニーが金をだしてくれる。
文句も言うけれど、彼は身内のパーティが好きだからね。

 そうこうしている間に、もう彼の誕生日パーティまであと一日になってしまった。
杏里とプラムにもプレゼントの事を聞いたが、彼女達はお金を出し合って、スーツを買ったらしい。
ワンペアの二人は、大河のサイズを完全に把握しているから、その点ぬかりはないのだろう。
ついでにサニーにも聞いてみた。
彼は浪漫堂で何か仕入れたようだった。
どうせろくでもないものだが、大河は喜ぶかもしれないな。
ラチェットは以前ネクタイを贈ったから、今度はハンカチなのだとそう言った。
ハンカチというと大したことないように思えるが、彼女の用意する物なのだから、相当に値が張るはずだ。
そしてなにより無難。
僕も早くにハンカチに決めておけばよかったかもしれない。

 そして、肝心の、僕。
色々考えた。
彼にはコーヒーカップを貰っている。
陶器そのものの色をした、淡く白い、素朴なカップ。
それは僕の宝物になっている。
毎日愛用していたし、ずっと使い続けようと思っているのだけれど、
では、彼にもカップを、と考えると、それも違うように思えた。
まず、大河はコーヒーも紅茶もあまり飲まない。
ミルクは毎日飲んでいるけれど、だからと言ってミルク用のグラスというのはちょっと。
ジェミニやリカのように、なにか食べ物を作ってやるというのも考えた。
けれどやはりどうもしっくり来ない。
サジータの乗車券は、まあ論外として、ダイアナのバスセットも楽しそうだった。
苺の香りにまみれた大河を想像して、僕は少しだけ笑う。
確かにちょっと似合っていたから。

 こうなったら、最初にそうすれば、とジェミニに提案されたように、大河に聞くしかない。
欲しいと言われたものを買ってやればハズレがないじゃないか。
決意した僕はさっそく大河の元へと向かった。
誕生日を明後日にひかえた彼は、普段と変わらずシアター内の掃除や管理をしている。
今日は舞台装置のチェックをしていた彼が、照明装置の前で様々なボタンを弄繰り回していた。
僕が気軽に声をかけると、振り向いた大河の頬には油がついている。
「あれ? 昴さん、どうしたんですか?」
「いや別に。君こそ、何か装置に問題が?」
「いえ、そうじゃないんですけど、もうちょっと動きがなめらかになるといいなあと思って」
額の汗を拭い、手には油さしを持っていた。

 思い出せば、僕が彼に初めて積極的に働きかけを行ったのはここかもしれない。
装置の動かし方を教えたのに、大河が全然上手くやらないので頭に来たものだ。
僕は大河の隣に腰掛けて、しばらくは彼のやることを見守った。
会話がなくても、気まずい時間が流れたりはしない。
僕たちにはもうそんな時期は過ぎた。
隣にいる事が自然で、当たり前になっていたから。
ようやく作業を終えたと見て、僕は彼に話しかける。
「大河、明日の君の誕生日パーティの事だけど」
振り向いて首をかしげる彼の頬についた油を、ハンカチで拭いてやる。
「プレゼントに何が欲しい?」
「えっ?!」
頬に触れていた布越しに、彼の顔面の温度が急上昇したことが伝わってきた。
わかりやすい奴だ。

 しばらく考えていた大河だが、急に真面目な顔になって、居住まいを正す。
僕も思わず背筋を伸ばしてしまった。
「ぼくが欲しいのは……」
「うん」
「……」
「……」
なんだ、早く言え。
じれったいが仕方がない。いいにくいものなのかもしれない。
「な、ナイショです!」
「は?」
しまった、おそらく今僕は、相当まぬけな顔をした。
ゴホンと咳払いをして、扇で顔を覆う。
「秘密にしても意味ないだろう。なんでも好きな物を買ってやるから」
「だめだめ、だめです! 昴さんがちゃーんと自分で考えてください!」

 なんという事だ。
気軽に聞きに来たのに、予想外の答えに僕は唖然としていた。
これであっさり解決すると思っていたのに。
すべては振り出しに戻り、時間だけが失われて、もうパーティまであと半日しかない。

 

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めずらしく強気な大河。

 

 

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