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―五日目―序章―

 シアターは、前日に初日を迎えたレビューを観る為に押し寄せた客で、ほぼ満員の状態だった。
劇場入り口を守るドアマンは、人の出入りを常にチェックし、
開演してからは、たとえチケットを持った客でも、入場させる事はしない。
途中入場は、本人の為にも、時間を守ったその他大勢のお客様の為にもならないからだ。

 しかし、退場は自由である。
様々な理由から、演目の途中で帰宅を余儀なくされる客は、多くはないが皆無ではなかった。

 この日も、まだ一回目の休憩もすんでいない時間に、一組の親子が劇場を後にしようとしていた。
身なりの良い紳士風の父親と、彼に完全に身をゆだねて熟睡している金髪の少女。
長年シアターで勤務してきたドアマンは、こんなに早い時間に退場しなければならないこの親子を気の毒に思った。
「お客様、一度ご退場なさいますと、再び劇場内に戻る事は出来ませんが、よろしいですか?」
定まった確認のセリフを述べると、立ち去ろうとしていたその紳士は向き直り、
「ああ、残念だけれども、見ての通り娘がすっかり眠りこんでしまってね、
肝心の第一幕を寝て過ごしてしまっては、途中で目を覚ましても、もう楽しめないだろうし、アクトレスの方々にも申し訳ないしね」
抱きかかえた娘の寝顔を見つめ、
「この子がもう少しまともなレディになってから出直すとするよ」
と、笑った。
たしかに少女は劇場に来るには少々幼すぎるようだ。
だが、入場の時にこんな幼い子供がいただろうか。
多分、来たときも父親に抱かれて埋もれてしまっていたのだろう。

 劇場を後にするには十分な理由にドアマンはうなずいた。
「さようでございますか」
少女の顔を覗き込むと、少々青ざめているようにも見える。
父親の胸に収まりきらずに、脱力して垂れ下がった細く白い腕。
単に眠っているのではなく、具合が悪いのかもしれない。
ここで長々と引き止めてはならない。

 「では残念ですがお客様、またのご来場をお待ちしております」
頭を下げると、紳士は爽やかに笑って言った。
「気にしないで、私は今日、とても素晴らしい物を手に入れたんだ。
だから多少の災難は苦にならないよ」
少し離れてから彼は振り返り、ドアマンに叫んだ。
「私は九条昴氏の大ファンなんだ!もし氏にあう事があったら伝えて欲しい。
今日は舞台を観られなくて残念だったが、近いうちにもう一度参上させて頂く、と」
去っていく紳士の後姿に見え隠れする、少女のブルーのドレス。
それにまったく似合わない、男の子の履く黒いブランド物の靴が印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 ドアマンは数時間後にとても、とても後悔する。
もっとちゃんと少女の様子を見ておくべきだった。
もっとちゃんとあの男の顔を覚えておくべきだった。
もっと…何か出来ることがあったはずなのに…。

 

 

 

 

 

 

 

暗くてすいません…
次は数日前に時間が戻ります。
ややこしい展開で、ますますもってすいません。
ちまちまあげて行く予定なので、おつきあい下さいませ。
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