叔父の訪問 8

 

 大神が部屋を去ってから、僕は様々な事を考えた。
彼が語ってくれた大河の子供の頃の事や、信長との戦いで彼が負傷した時の、苦しい思い出。
そして、これからの事を。

 思考は同じ部分を堂々巡りして、一向に進展しなかった。
こんな経験は以前にもした事がある。
ずっと前、僕が始めて大河を意識し始めた時の事だ。
彼が気になって、今まで普通に出来ていた事が出来なくなった。
何もかもが違う世界のように見えて、異次元に放り込まれたように混乱し、
不機嫌になって大河や仲間達を困惑させた。
九条昴として、完璧を自負していたのに、大河の存在が僕を変えてしまった。

 今、あの時と同じように僕は混乱している。
どうしていいかわからなかった。
突然大河を与えられ何もかもが変わってしまったように、
僕の中で欠かせない一部となった大河新次郎が、今度はまた突然に奪われてしまうかもしれない。
ひどいめまいがした。
大神が大河を連れて帰りたいと思っていると、確認してしまったせいだ。
そして、大河も帰りたいと思っていると……。
僕は眠る気になれず、久しぶりにアルコールを摂取する事にした。
そうすれば、いくらか気がまぎれると思ったのだ。

 

 翌朝僕は猛烈な肩の痛みに目が覚めた。
気が付けばいつのまにかテーブルにつっぷして眠っていたようだ。
こんな体勢で朝まで……。
背を伸ばすと肩だけではなく、首や腰もひどく軋んだ。
時計はまだ朝の6時を示している。
シアターに行くには早すぎだ。
けれども今更ベッドに入る気にもなれない。
シャワーを浴びて、酒気を追い払う。
気が付けば朝食も摂らずにホテルを出立していた。
何かを考えていたわけではない。
タクシーも呼ばず、街路をただ歩いていた。

 自分の足はどこへ向かうのだろう。
頭と体が切り離されて、勝手に運ばれていくようだった。
けれども本当は違う。
そこに行く事を望んでいるんだ。
そう、心から。

 僕は目当ての場所について呼吸を止めた。
「大河……」
セントラルパークの一角で、彼が毎朝稽古をしている事を知っていた。
だから、僕はいつのまにかここに。
早朝の太陽の下で、素足のまま剣を振る彼を見ていると胸が詰まった。
一心不乱に素振りをしていた大河はなかなか僕に気が付かなかったけれど、
僕が距離を詰めると気付いて目を丸くする。
「昴さん!」
明るい笑顔。
ああ、その笑顔を見たくて僕は……。
「おはよう、いい天気だな」
「おはようございます!」
元気に返事をしてから、大河は急にハッとした表情を作る。
「あの、昨日、ぼく、昴さんに何か悪い事をしちゃったんじゃないでしょうか」
ばかだな、君は悪くないんだ。
「違う。僕の機嫌が悪かったんだ。せっかく君の叔父上の歓迎パーティだったのに、すまなかった」
本当は昨晩、大神にはさらに失礼な事をしたのだが、これは僕と大神との問題だから黙っている。
僕が謝罪すると、大河は途端にまた笑顔になった。
「えへへ、よかった。すぐに仲直りできて」
嬉しそうに、照れたように、その優しい笑顔が眩しい。

 「一郎叔父がいる間に、もう一回昴さんをきちんと紹介したいんです」
「僕を?」
紹介なら昨日もうすんだのに。
「僕の、一番大事な人ですって。これからもずっとずっと一緒にいたい人なんですって叔父に伝えたいんです」
それを聞いて、僕は不覚にも目頭が熱くなった。
僕だって君が大事だ。
ずっと一緒にいたい。
二人でいられる時がどんなに貴重でかけがえのないものなのか、考えないようにしていた。
離れ離れになる日の事を考えないでいれば、それだけでそんな日は永遠に来ないんじゃないかと望んで……。

 けれど君は、やはりここだけに留まっていてはいけない。
誰にでも向けられる愛情溢れる笑顔。
かけがえのない純粋な魂。
僕だけが独占していては許されない。
……不意にそんな気がしたんだ。

 

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テーブルで寝る様子は色っぽいに違いないです。

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