叔父の訪問 7

 

 突然僕の部屋を訪れた大神だったが、彼は今、ソファにくつろいで、堂々としていた。
大神の落ち着き払った態度は僕をいらつかせる。
この男が大河を突然僕の前に送り、今度は突然に奪おうとしているというのに。

 大河が来た事で僕は変わってしまった。
そして彼が去ったらその時は、また以前の僕に戻る。
想像しなくとも予想が付いた。
すぐに帰ってくる旅行のようなものならともかく、配属先さえ自分で決められない僕達には今生の別れになる可能性だってある。

 考えないようにしていたのに、急にもう大河に会えなくなるような気がして指先が冷たくなった。
大神は目の前の僕がそんな風に葛藤しているなど思いも寄らないだろう。
だから気安く話しかけてくる。
「紐育での新次郎はどうだい?」
「……どうって?」
「ちゃんと隊長としてやれているだろうか」
「そんな事は僕ではなくサニーサイド司令に聞くべきです」
「ははは、そりゃそうだなあ」
暢気に頭を掻いている。
大河よりも加山に似ているんじゃないか。

 「ところで、昴君、なんだか髪が濡れているけれど、もしかしてお風呂だったのかい?」
「は?」
突然何を言うんだこいつ……。
「シャワーを浴びていた。それが何か?」
「ごめんごめん。急に押しかけたせいだな」
大神は頬を染めて急にしどろもどろになった。
そういえば大河が僕の風呂を覗いた時もかなりオタオタしていたな。
もっとも、彼曰く「柵の修理」をしていたわけだが。
時々、大神の見せる表情のほんのわずかな一瞬が、大河を思わせた。
ごく一瞬だったけれど、やはり近しい血縁者なのだ。

 「あなたと大河はあまり似ていない」
「ああ、新次郎はあいつの親父さんにそっくりだ」
もしもそれが本当ならかなり童顔の父親だ。
でも確かに、双葉さんはあまり大河に似ていなかった。
そして大神は姉である彼女によく似ている。
「性格も顔も、姉さんには似なかったなあ」
しみじみと呟き、大神は破顔した。
「あいつ、小さい頃から泣き虫で、そのくせなんにでも突っ込んでいくから怪我が耐えなくてさ」
懐かしそうに語り出す。

 大神の語ってくれた大河の話は、どれもセピア色のフィルターに彩られ、
とても心の和むものばかりだった。
小さな新次郎が僕の中に急に生き生きと輝き出す。
走り回って転んだり、誰にでも笑顔を向ける子供の姿が目に浮かぶようだった。
大河の子供の頃の想像は僕の心を和ませる。
まあ大人の彼を想像しても和むのだけれど。

 「紐育での戦いは、かなり凄惨な物だったんだろう?」
大神は愛しいものをそこへ送り込んだ責任を思ったのか、声のトーンを落とす。
「ずっと心配でね。少し無理をしてるんじゃないかって」
「それで帝都に戻したいと?」
僕がいきなり確信を突いたので大神は一瞬驚いた顔をした。
けれどすぐに真剣な表情に戻る。
「うん……。紐育は平和になったし、一度戻してやろうかと……」
「随分勝手だ」
本当に勝手すぎる。
僕達が共に勝ち取ってきた平和を。
歩んできた時間を。
あっさりと奪わないで欲しい。

 「新次郎が大怪我をしただろう?」
クリスマスのすぐあとの事を言っているのだろうか。
黙ったまま頷く。
「生死の境を彷徨って……。傷が胸を貫通して、ひどい状態だと報告が来たから、俺は生きた心地がしなかった」
僕だってそうだと叫びたかった。

 あの日、あの瞬間、すべての時間が停止して、何もかもが真っ白になってしまった。
再び僕の時間が動き出したのは、大河がなんとか持ち直し、ようやく落ち着いた時だ。
それでも彼が意識を取り戻すまでの3日間は恐ろしい静寂に包まれているように感じた。
もしも大河があのまま死んでいたら僕はおそらくここにいない。
きっと正常なままでいられなかった。
後を追って死ぬか、大河を殺した信長に特攻したか、
あるいは何も考える事ができなくなって廃人になっていただろう。

 「あの時から考えていたんだ。ひどい間違いを侵していたのかもって」
「間違い?」
「無理やりあいつを紐育に送ったのは俺だからね。もうここに来て一年半だし、そろそろ国に帰らせてやろうかと……」

 大神の顔には深い慈しみがあった。
おそらく、愛情以外に大神が大河を戻そうとしている理由はない。
大神自身、巴里には一年ほどしか滞在しなかった。
初めての海外で、長く故国を離れる事は確かに辛いだろう。
特に大河のように、やさしい気質であればなおさらだ。
「もしも新次郎が帰りたいと言ったら、君はどうする?」
「……」

 そんな問いには答えられない。
どうするか、など、あなたがここに来ると聞いたその瞬間から考えている。
けれども未だに自分自身に答えが得られないままなのだから。
僕は黙ったまま立ち上がり、大神が入ってきた扉を開き指し示す。
彼はそれを見ると、苦笑して立ち上がり、素直に部屋を出て行った。
「突然おじゃましてすまなかったね。でも話せてよかった。あとでまたゆっくり話そう」
大神は丁寧にお辞儀をして帰っていった。
残された僕は扉の前でしばらくの間立ち尽くしていた。

 

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大神さんにかわいがられる子供新次郎は萌える。

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