叔父の訪問 6

 

 僕はパーティ会場を出たあと、そのまま勢いに任せてホテルに戻るつもりだった。
楽屋で帰り支度をし、ロッカーの扉を力任せに閉じる。
金属が激しく打ち合わされる音が響き、ますます僕は高ぶった。
「昴」
その時、静かな声で名前を呼ばれた。
「なんだサニー」
振り返った僕はかなり剣呑な表情をしていただろう。

 「まいったな、君なら冷静に対処してくれると思ったから話したんだけど」
「そうか、それはとんだ見込み違いだったな」
「大河君、困ってたよ〜?」
「……」
とたんに頭が冷えていく。
彼が困惑している様子は想像に難くない。
僕にいきなりあんな風に怒りをぶつけられて、さぞかし驚いただろう。
「ミスター大神が、大河君を本気で帝都に連れ戻す気なのか、まずはそれだけでも知っておきたいんだけどね」
「それならひとつだけ、確実にわかった事がある」
サニーは何が、とは聞かなかった。
ただ、僕の言葉を待っている。
「大河は帝都に戻りたがっている。誘われたら、絶対に断らない」
僕は上着を掴み、そのまま楽屋をあとにした。

 

 ホテルに戻った僕はすぐにシャワーを浴びた。
冷たい水に打たれて、頭を冷やしたかった。
大河が帝都に戻りたがっているのではないかと、以前からずっと考えてはいた。
ただ、答えを知りたくなかっただけだ。
それが最悪の形で急に目の前に突きつけられて、僕は冷静さを失っている。
ぐだぐだになった思考をなんとか纏めようと、僕はあがいていた。
もしも大河が本当に紐育を離れるとなったら、僕は……。
その時僕は、君を祝ってやる自信がない……。
流れ続ける冷水に身を浸し、込み上げてくる熱い物を洗い流す。
僕がいかないでくれと懇願したら、君はどうするだろう。
彼のためを想ったら、そうすべきじゃないとわかっている。
けれども今日一日の事を振り返っただけでも、自分の行動に自信がなかった。
とにかく今日しでかしてしまった失態はどうにもならない。
明日は早く起きて一番に大河の家に行こう。そう決めたとき、室内の電話が鳴った。

 タオルで軽く体を拭き、バスローブをまとって居間へと戻る。
電話のランプはロビーからの呼び出しであると告げていた。
「何か?」
受話器を取ると、ウォルターのいつもの落ち着いた声。
「お客様がいらっしゃっていますが、アポイントがないとおっしゃられているので」
「客?」
大河であったなら、ウォルターはこんな言い方はしない。
「大神様と名乗っておいでです。
「……何?」
大神一郎がここに?
訪ねて来てくれたものを追い返すわけにはいかない。
彼は大河の敬愛する叔父だったし、直接ではなくとも階級的には一応上司だ。
「わかった。通してくれ」

 彼を待つ間に僕は素早く着替えを済ませた。
髪は濡れたままだったが仕方がない。
大神は5分と経たないうちに部屋へと現れた。
「こんばんは、突然お邪魔してすまないね」
「中へどうぞ」
邪魔などと、とんでもないと、本来なら歓迎するべきなのかもしれないが、
とてもそんな事が言える気分ではなかったので、僕はただ彼を奥へと通す。
「すごい部屋だなあ」
大神は部屋を眺め回し、興味深げに歩き回った。
初めて大河が部屋に来た時の事を思い出す。

 室内に大神がいると、比較する物が沢山あるせいか、その長身が際立って見えた。
大河よりもずっと背が高く、肩幅も広い。
温和そうに見えるが、その眼光はかなりするどかった。
常にのほほんとしている大河とはやはり似ていない。
「いい絵だねえ」
壁に飾られた絵は、大河も気に入っていたもの。
「何のようですか?」
けれども僕は大神の言葉に答えずに、ぶっきらぼうに会話をすすめる。

 「うーん。用ってほどじゃないんだけどさ。ホテルが近かったから少し話を聞かせてもらえないかと思ってね」
話すことなどないと、突っぱねてしまいたかった。
実際喉元までそのセリフが出かかった。
けれども、大神の本心を知るチャンスだ。
僕は彼にソファを進め、その向かい側に座って覚悟を決めた。

 

 

TOP 漫画TOP

大神さんは天然のようでいてそうじゃない感じ。

inserted by FC2 system