叔父の訪問 5

 

 大神を歓迎する為に開かれたパーティも、後半に入ると騒がしかった雰囲気は柔らぎ、徐々に穏やかな空気になってくる。
叔父がみんなと打ち解けて楽しげにしている様子を、大河は大神以上に幸せそうに眺めていた。
僕はその隣で。そんな彼を眺める。
「ねえ、昴さん」
不意に大河が話しかけてきた。
「ぼく、ずっと帝国華撃団にあこがれていたんです」
「……そうか」
そのような気持ちは知っていたけれど、今聞くと辛い。
今でも帝都に帰りたいのではないかと思える。
「だから、紐育に行けって最初に言われた時、結構ショックだったなあ」

 もしも、今でも帝国華撃団に配属されたいと、彼が願っていたら、
僕には君が帝都に帰されるかもしれないという暴挙に、反対する理由がなくなってしまう。
今、紐育は平和だ。
彼と、彼の仲間達が命がけで戦ってきたから。
大きな事件でもない限り、大河にはシアターの雑用ぐらいしか仕事がない。
それは大河の本意ではないだろう。
今でも彼が早朝から鍛錬を怠らずに、ひとりセントラルパークで剣を振っていることを知っている。

 「……今でも、帝国華撃団に入りたい?」
聞きたくなかったのに、僕は彼に質問してしまった。
すると大河は少しだけ困ったように笑った。
それだけで、僕には答えがわかった。
「ずっと、帝国華撃団に入ることを目標にしていましたから」
そうか……、そうだろうな……。
だったら、僕は君を応援したい。

 応援する。そうしたいと心から思っていても、
それが彼を失う事に直結しているとなると、どうしても声が出ない。
僕が逡巡している間に、大河はもう一度笑う。
今度は迷いのない、いつもの優しい笑顔。
「でも、今、本当にぼく幸せなんです。紐育に送ってくれた叔父に感謝してます。だからここでもっと……」
「じゃあもしも、大神中尉から、帝都に戻って欲しいといわれたら、君はどうしたい?」
僕は彼の言葉を遮った。
「え?」
驚いた表情の大河の顔をじっと見る。
くそ、こんな事、聞くべきじゃない。
まだ大神が帝都に彼を連れ戻そうとしているのかどうかすら、はっきりしないというのに。

 大河は僕の顔と、離れた場所で笑っている叔父の顔とを交互に見た。
「あはは、そんな事、ありえないですよ」
「どうして?」
彼を追い詰める僕。
会話を切り上げるべきなのに、より深い部分へと。
「どうしてって……、だってぼく、今は紐育の隊長だし……」
「大神中尉だって、過去の隊長時代に巴里の指揮を取った事もある」
僕の言葉に、大河はしばし黙った。
「うーん……。もしもそんな風に言われたら……。命令だったら逆らえないですよね……」
「命令だったら!?」
「だって、ぼくはたかだか少尉だし。上司の命令は絶対です」
「そんな事を聞いているんじゃない! 君の気持ちだ!」
僕が大きな声を出したので、みんなの視線が集まった。

 乱暴に立ち上がり、大股で会場をあとにする。
後ろから、一度大河が僕の名前を呼んだ。
けれども振り向かない。
戻ってもなんと言っていいかわからないから。

 僕はなんて馬鹿なんだ。
彼が、僕の仮定にすぎない会話から、彼にできる精一杯の返答をしてくれたと分かっている。
けれどもどうしても我慢できない。
なぜ、嘘でもいいからはっきりと、帝都には行きたくないと言ってくれない。
紐育にずっといたい、と。

 嘘でもいい。
僕と、ずっと一緒にいると、言って欲しかったんだ。

 

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昴さんの一人喧嘩。

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