叔父の訪問 3

 

 大神一郎は僕が予想していたよりも温和な雰囲気の人物だった。
彼がやってくると知って一週間、可能な限り過去のデータを漁り、人となりを調べたが、
もっと剛健な人物を予想していたのだが。

 最初に大神が船のタラップを降りて大河に手を振った時、大河の表情は、まさに子供のようだった。
憧れを隠そうとしない、輝く瞳。
「一郎叔父!」
まだ遠くにいるうちに叫び、一目散に叔父に向かって走り出す。
そのまま抱きついてしまうのではないかと思ったが、大河は叔父の目の前で急停止して尊敬の眼差しを向け、美しく整った完璧な敬礼をした。
大神もにこやかに返礼を行う。
「久しぶりだな新次郎。元気でやっていたか?」
「はい!」
大神の自愛に満ちた表情は、まるで父親のようだ。
「そちらは九条君だね?」
彼は僕にも笑みを向けた。
まるで大河に似ていない。
日本人らしい一重の切れ上がった瞳。シャープな輪郭。
「昴で結構。始めまして。お噂はかねがね伺っている」
僕達は軽く握手を交わした。
海外での活動を経験している大神は、握手にも抵抗がないようだ。

 「一郎叔父、もしよかったら、ここから歩いてシアターまで行きませんか?」
大河は遠慮なくそんな事を言った。
ここからシアターまでは結構な距離がある。
「紐育を案内しますから!」
長旅を終えたばかりの人物には少々酷だと思うのだが。
けれども大神は躊躇なく頷いた。
「ああ、頼むよ。昴君も一緒に来るかい?」
無論だ。

 大河はシアターに向かう道すがらずっと、子犬のように彼に付きまとっていた。
「一郎叔父、ほら、あれ、あそこのホットドッグ、最高においしいんですよ!」
今もセントラルパークを彼らは仲良く散策していた。
僕は彼らの後を静かに付いてゆく。
「ぼく買ってきます! 昴さんも食べますよね、ベンチに座って待っていてください!」
大河は僕や大神の返事を待たずに駆けて行ってしまった。

 「やれやれ、変わらないな、新次郎は……」
大神は呆れたように呟きながらも、愛しげな視線を大河に送った。
「ええ、大河は変わらない……」
ここに来たときからずっと、大河はまっすぐで純粋なままだった。
沢山の汚い物を目にして来たはずなのに、迷いながらも信じる道を進んでいる。
僕が大きく変化してしまった間も、大河は最初と同じように僕に接してくれた。
「昴君は新次郎と特別に親しいのだろう?」
「!」
突然確信を付く聞き方をされて僕は目をむいた。
「ああ、失礼だったな。俺はどうも上手く話を持って行けなくてね」
頭を掻いて、情けない表情。
「大河は僕にいろいろな物を与えてくれる。だから……」
「俺もあいつには色々教わっているよ。今後にも期待してる。がんばってくれるといいんだが」
「彼ががんばっているから、紐育は平和なんだ。もしも彼じゃなかったら、とっくに街は消え去っていただろう」
僕は扇を開き大神を盗み見る。
紐育にはまだ大河が必要なのだとわかって欲しい。
「そうだな、俺じゃ無理だった。もし上手く行っても、信長を殺してしまっていたな」
「……それが普通の選択だ」
「そうかもしれない。でも、だからこそ、君も新次郎を好きなんだろう?」
「ああ」
僕は素直に頷いた。

 彼の言う通り。だから彼が好きだ。
大神一郎の選択ではなく、大河の選択を愛している。
敵である信長を取り込み、己の中で眠らせる。
大神だけではなく、もしも僕が大河の立場だったなら、おそらくやはり信長を殺していただろう。
他の選択肢など、考えも付かなかった。
「それに、俺だったら、きっと隊員の誰かが犠牲になっていた」
五輪曼荼羅の事を言っているのだろう。
「新次郎はすごい奴だ。だからもっと、色々な経験をさせて伸ばしてやりたい」
「……」
その先の言葉を聞きたくなかったし、実際に聞かずにすんだ。
大河が満面の笑みで、両手にホットドッグを抱えて駆け戻ってきたから。

 

 

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新次郎おおはしゃぎ

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