ぼくのひかり 君の青空 30

 

 翌朝昴は予定していたよりも早くに目が覚めた。
大河と一緒にセントラルパークにいく予定だったから、元々早起きするつもりではあったが、
セットした目覚まし時計よりも30分以上も早く意識が戻った。
なぜだかはわからない。睡眠時間は足りていないし、もっと寝るべきだとわかっていたが、
意識の深い部分が起きろと囁いているように感じる。
起きて、準備を整えるべきだ。と。

 隣では大河がぐっすり眠っていた。
ただでさえ見えない事で精神的にも肉体的にも衰弱しているのに、
夜中に起き出してまで霊力を消耗しているおかげで疲れきっているのだろう。
寝る前に泣いたせいで目元が赤く腫れていて痛々しい。
昴はその赤くなっている箇所に指先でやさしく触れた。
「何も心配いらないからね」
もう一度寝なおす気になれず、昴は大河を起こさないように静かに体を起こした。
昨晩久しぶりに愛し合ったせいか、不安な気持ちが薄らいでいた。

 寝室を出てリビングに入ると、早朝に独特の澄んだ空気が室内でも味わえる。
カーテンを開けて窓から紐育の街並みを見下ろすと、ビルの谷間から登る朝日が見えた。
輝く太陽は今日一日が晴天である事を告げていた。

 大河の目が見えなくなったばかりの頃、昴は彼にもう一度自分を見て欲しくて苦しかった。
そしてその後は自然にすべてを受け入れる覚悟が出来たはずなのに、
今ゆっくりと登り来る朝日を見たらもっと違う感情が湧き上がってきた。
「大河……」
彼が視力を失ったあの日の朝、二人で見上げた空を思い出す。
まだ大河は目が見えていた。
「必ず治してやるからな」
もう一度、二人で空を見たかった。
見えないままならそれでいいと昨晩大河に話したが、彼が見えないままで一生を過ごす姿がイメージできない。
ずっと盲目のままだなんてありえない事だ。きっと治ると、心の中でそう確信していた。
そうでなくとも諦める前にやれるだけの事をすべて試したい。

 沢山の景色を二人で見てきたが、なぜかあの空が懐かしかった。
青く澄き透る高い空。
遠くを飛ぶ鳥の声。
街の喧騒もすべて吸い込まれていく独特の色。

 昴は徐々に明るさを増す東の空を見つめて立ち尽くしていた。

 

 目覚まし時計の電子音が軽い音をたて、大河は目を覚ました。
昴の部屋の目覚まし時計は、主人の希望でごく控えめな音しか出さない物を選んであった。
だから目覚ましとはいえ飛び起きるような事態にはならない。
「おはよう大河、出かけるぞ」
「昴さん?」
昴がすでにベットから出て枕元に立っている気配。
「朝ごはんは……?」
「そんなものはどうにでもなる。さあ、セントラルパークに行くんだろう?」
昴はまだぼんやりとしている大河を急かしてひっぱり起こした。

 着替えを手伝ってやり、大河が顔を洗ったり歯を磨いたりしている様子をもどかしく見守る。
準備が出来ると上着を掴んで駆け出す勢いで部屋を出た。

 「昴さん、どうしたんですか?!」
やけに威勢のいい昴に大河は困惑していた。
昴が腕を引いてくれているから障害物にぶつかったりする事はないが、
それでも見えないせいでスピードが速いと少々怖かった。
「ああ、すまない、つい焦ってしまって」
昴は大河が困っている様子を感じ取り、苦笑して少しだけ歩む速度を落としてやる。

 ホテルを出ても昴は大河の手を引いて歩き続けた。
「あ、あの、昴さん……」
「なんだ?」
「歩いて行くんですか?」
大河は不安げに聞いた。

 目が見えなくなってから、ほとんど外に出なかった。
昴の部屋とシアターとを数回往復しただけ。
しかも必ずタクシーに乗っていたので、実際に外を歩くのはこれが始めてだ。
「そうだよ。もっとゆっくり歩こうか」
昴は腕にまわされた大河の手を、もう片方の手でしっかりと握った。

 公園までの道のりを二人で歩く。
以前は何度も通った道だ。
「朝の匂いがする」
大河は歩きながら深呼吸をした。
「まだあんまり人はいないみたいですね」
かなり早朝だったので通行する人はまばらで車もあまり通っていない。
見えない大河にも気配でわかった。
いつもならどこを歩いても人のざわめきが聞こえる街だったが、いまは朝の冷たい空気以外はほとんどなにも感じない。

 ホテルから公園まではすぐ近くだったが、大河にはとても長く感じた。
足の裏に伝わる歩道のコンクリートの感触が公園の敷石に変わり、目的地に到着した事を告げている。
「人目に付かないところまでいこう」
セントラルパークには早朝でも散歩やジョギングをする人々が多い。
昴は大河の手をひいて公園の奥へと進んだ。

 芝生の山を登り、小さな森を抜け、開けた場所へと出る。
大河は靴の下の芝生の感触に微笑んだ。
「土の上に立つのは久しぶりです」
「そうだね。さあ、座ってごらん」
昴は大河を促して草の上に座らせ、自分は彼の隣に座った。
見上げればあの朝と同じ青い空。
不思議と心が落ち着いている。
緊張した様子の大河の手を取って、昴は笑った。

 「大丈夫だよ大河。さあ、今日こそ成功させてみよう。僕たち二人でやればきっとうまく行く」
「ぼくたち、二人でやれば、きっと」
大河は昴の言葉を繰り返し、しっかりと頷いた。

 

 

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外に出たことなかった。過保護です昴さん。

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