ぼくのひかり 君の青空 28

 

 自宅に到着してすぐに昴は大河の手を取って椅子に座らせた。
自分はその正面にしゃがみ込む。
「電気はつけないんですか?」
いつもなら、入ってすぐに昴がパチンと照明を入れる音がするのに、今日はなんの音もしない。

 「暗い方が集中できるからね」
大河にとっては照明がついていてもいなくても真っ暗闇であることに変わりはなかったから、
昴自身の事を言っているのだろう。
「お夕飯は後でいいんですか?」
聞かれて、昴がクスリと笑う気配。
「食欲が戻って良かった。けれど食べない方が霊力は高まる」
そうなのだろうか。
大河は自分の霊力の状態をそういう風に意識した事がなかった。食後であるとか、そうでないとか。違いなど気にした事がない。
「ふふ、食べてしまうと胃に血液が集まってしまうから。ほら、もういいから、集中して」
「は、はい」
大河は居住まいを正し、目を閉じる。

 昴はじっと座っている大河の前に立ち、彼の額に力を込めて強く触れた。
さらにそこに自分の額を重ねる。
手の平を挟んで額同士が合わさった形だ。
「昴さ……」
「し……黙って集中して」
そう言われても、大河はどうして良いかわからない。
押さえ込むように強く額を圧迫されているのも不思議な感じだった。

 「霊力を体の中に貯める感じで。外に放出してはいけないよ」
「わかりました」
言われたとおりに意識を集中し、体の中に熱を集めていく。

 自分以外の人が霊力をどんな風に感じるのか大河は知らなかったが、
大河自身はそれを熱のように感じた。
熱いエネルギー。命そのものの温度のように。
それを高め、内に溜め、ゆっくりとした呼吸を繰り返す。
昴が触れている箇所だけがひんやりと冷たかった。
けれども手の平から少し離れた場所は体中のどこよりも熱い。
不思議な感覚だった。

 「今、僕は君の霊力を高める手助けをしている状態だ」
「はい」
「返事はいらないよ。君は集中していればいい」
そう言われて仕方がなく黙る。
額を押さえられているので頷く事もできず、なんだか無視しているようで少しだけ辛かった。
「僕が触れている場所が冷たいだろう? 力をより多く引き出すためには緩急が重要なんだ」
確かに大河は、今までに感じた事のないほどの霊力の高まりを感じていた。
昴はこのような方法を誰に習ったのだろう。
やはりそういう家系なのだろうかと考える。
大河の家も、霊力を持つ人間の多い家系だったが、特別に何か訓練をしたりなどはほとんどしなかった。
ただ時々遊びに来る叔父が、その使い方や心構えなどをそれとなく教えてくれただけだ。

 額に触れていた昴の手がゆっくりと下がり、今度は瞼を覆う。
冷たさに大河は一瞬ぴくりと反応してしまった。
「僕が触れている場所に向かって力を解放するんだ。僕はエネルギーが逃げないように包み込む」
「はい」
大河は真剣に返事をしたが、胸が激しく脈打っていて本当はとても恐ろしかった。
こんな事はした事がない。もちろん昴だって試した事はないだろう。
「大丈夫」
大河の不安に気がついたのか。昴は静かな声で囁く。
やさしく宥める母親のように。
「思い切りやるといい。願いを込めて。……僕もそうする」

 大河は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「いきます」
昴の返事はなく、ただ瞼の上に当てられた手の平が力を増す。

 

 

 大河の霊力は暖かい波のように昴の手の平に打ちつけた。
力強く、命の輝きその物のように昴には感じられた。
それらを逃さないように、内へ、内へと導く。
彼自身を癒し、彼自身の助けとなるように。
その波の中に、己の霊力も注ぎ込む。
彼が治癒する事を心から願いながら。
想いが力に変わり、現実となるように。
どうか彼にもう一度光を与えてやってほしい。

 ……もう一度光を……。

 不意に涙が零れそうになり、昴は感情が昂ぶり過ぎないように目を開いた。
大河の不安そうな顔が目に映る。
「大丈夫だよ……新次郎……」
静かに話しかけ、もう一度目を閉じる。
混ざり合った力が協調して力を増し、輝き渡る太陽のようだった。

 部屋の照明が何度か明滅した。
昴が押さえ切れなかった霊力が、穏やかに室内をめぐる。
ついに室内の照明がすべて点灯した時、昴は息を吐いて目を開けた。

 「ふう、すごい力だな……」
顔を上げて室内を見渡す。
彼の霊力をこれほどまでに直に感じた事はなかった。
おそらくホテル内の他の部屋にも多少の影響があっただろう。
「押さえ切れなくて少々溢れてしまった」
「昴さんがサポートしてくれたからです」
大河は瞬きをして汗を拭った。
方向を決めていたとはいえ、あふれ出す霊力を抑える方が放出するよりもずっと難しい。
水と同じで水道を捻れば水は零れるが、押さえ込む事は困難だ。
水勢が激しければ激しいほど、押さえ込むには力とコツが必要になる。
「すまない。やっぱりだめだった……」
昴自身にも失敗だった事がわかった。霊力が直接触れ合っていたせいで感覚を共有していた。
闇はあいかわらず濃く大河を覆っている。

 「はい。でも……」
大河は目を瞑り、先ほど感じた感覚をもう一度味わっているようだった。
「光を感じました。少しだけだけど、ぼんやりと」
川向こうにうっすらと光る蛍のように。
ほんの小さな輝きだったけれど、目が見えなくなってから初めて感じた光だった。
「また試してみたいです」
力強く言う大河に昴は笑った。
「そうしよう。でも今はほら、夕飯だろう?」
霊力を高める事は肉体的にもかなりの負担があった。
ようやく食事ができるようになったばかりの大河に無理はさせられない。
やる気があるのならチャンスは幾らでもある。
「ぼくなんでも食べます。あ、でもお肉がいいかなあ」
「もう肉かい? 大丈夫なのかな」
昴は難しそうに笑ったが、それでもフロントへはひき肉を使用した料理を注文した。
栄養をつける。自分も、大河も。
彼の目が治るまで、何度でも挑戦する。

 

まずは肉。

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