ぼくのひかり 君の青空 22

 

 大河はベットの上で目を開けた。
「今の……。今のも夢……?」
夢とは思えないほどリアルだった。過去の自分と、ほんの少しだけ会話をしたようにも思う。
もちろんそんな事はありえないだろうから、もしかしたら、
今見たのはこれまでのものとは違う、本当に単なる普通の夢だったのかもしれない。

 枕が冷たかった。眠っている間に盛大に泣いてしまったらしい。
体を起こそうとするが、食べていないせいで力が入らず、意識が遠のきそうになる。
数日飲まず食わずでいただけで、こんなに体が弱ってしまうのかと思うと恐ろしかった。
萎えそうになる腕に力を混めて上半身を持ち上げる。
「何か……飲まないと……」
相変わらず食欲はなかったが、このまま夢に負けてしまうのは絶対に嫌だった。
過去の自分がどんな結末を迎えたとしても、今の自分は彼と違うのだと、さっきの夢であらためてはっきり悟った。
食べる事は無理でも、なんとか水分だけでも取らなければあと一日持たないかもしれない。
「ぼくはあの人とは違うんだから……!」
くやしくて涙がまた零れてきそうだった。
体はカラカラに乾いているのに、涙だけはどんどん零れていくのが不思議だった。

 昴の前世だったあの、美しい人。
あの人が何のために自分を犠牲にしたのか、聖は全然わかっていない。
そう思うと怒りが沸いて、自然と体に力が入る。

 時間をかけてなんとかベッドから上半身を起こし、フラフラとではあったが立ち上がる。
夢は、現実ではない。
そんな物に引き摺られて死にかけるなんて、どんなに自分は馬鹿なんだ、と悔しくなってくる。
足が思うように動かない。なんとかキッチンまで歩きたかったが、支えがなければ立っているのも辛かった。
食事だけでなく水分も完全に絶っていたのが問題だったようで、すぐに足が萎えてしまいそうになる。
こんな状態になってから事態の深刻さに気がつくなんて。大河は自分が情けなくなってきた。

 それでもなんとか居間のソファまでを歩いた。
相変わらず視界は真っ暗だったが、今まで何度かソファとベットを往復していたので迷ったりはしない。
くやしくて、夢に負けたくなくて、頭に血が上っていたせいもある。
ようやくたどり着いたテーブルの上をそっとなぞる。
確か水差しが乗っていたはずだ。
昴が、大河が朝食を食べやすいようにと、色々な物をきちんと準備して出かけてくれていたから。
指先がこつんと冷たく硬い物にあたる。
大河は慎重にそれを掴んだまま、もう一度ソファに腰掛けなおした。
立ったままでいる事が辛かったから。

 コップを見つけることが出来なかったので、直接口に宛がって、ゆっくりと水差しを傾ける。
見えないので傾ける加減がとても難しかった。慎重に事を成そうとすると力の入らない指先が震えた。
ほんの数滴の水が口内に零れ、舌先を潤す。
大河はそのまま水差しを掲げて、こくり、こくりと喉を動かした。

 思っていたよりもそれはすんなりと胃の中に落ちていった。
水は今まで経験した事がないほど甘く、まろやかで、さらには暖かく感じた。
あまりにも食欲がなく、体の中に食べ物を入れるという行為が難しいと感じていたせいで、
苦労もなく受け入れられた事が意外だった。静かに安堵の息を吐く。
大河はそのままソファに横になった。
何かを食べなければとも思っていたが、おそらく今食卓の上に乗っているようなパンは無理だ。
ベーグルやフランスパンは固すぎて今の自分には受け付けられない。
昴が帰ってきたら、食べていなかった事を打ち明けて何か消化に良いものをお願いしてみよう。
考えながら目を瞑る。
じっとしていると飲み込んだばかりの水がたちまち体に吸収されていくのを感じた。
乾ききった指先や頭の天辺までを、じんわり潤いが満たしていく。
もう少し水を飲もうか、そう思ったとき、またしても激しい吐き気が襲ってきた。

 大河はきつく目を瞑った。
息が詰まっていたが、無視やり深呼吸をする。
「……ぼくは負けない……!」
背を丸め、体を守るようにして自分を抱きかかえる。
何度も繰り返される胃が痙攣する感触。
吐いてしまえばすぐに楽になる。
そうわかっていたが、咳き込みそうになるのを堪えてじっと耐えた。

 どれぐらい時間が経過したのかわからなかったが、気がついたときには吐き気は収まっていた。
冷や汗をかいていたし、疲労しきっていたが、それでもなんとか吐かずに済んだ。
また吐き気がやってくるかもしれなかったが、今だけでも夢に勝てたのだと思うと嬉しかった。
再び水分が体に染み渡っていく感覚が訪れる。
大河はソファに体を脱力させて、ぐったりと横になった。

 

 昴はシアターでサニーサイドに事情を説明し、早々に帰宅の準備をしていた。
その様子を見ていたサジータが声をかける。
「なあ、昴。新次郎、いつ復帰できるんだい?」
「……わからない……でも、必ず戻ってくるから」
昴は星組の面々に、大河は風邪で休んでいるだけだと説明していた。
しかし欠勤も3日目ともなるとさすがにみんな心配するし、なにより昴の様子がいつもと違うことに全員が気付いていた。
そして気が付かれている事を昴自身も知っていた。
「見舞いには、行かないほうがいいんだろうね……」
「……すまないサジータ。後で必ず事情を説明する。でも今は大河がそれを望んでいないから」
そう言って顔を上げると、サジータは困ったような表情で笑っていた。
「ああ。待ってるから早く帰って来いって、伝えといて」
「わかった。必ず伝える」

 サジータはおそらく皆の代表として昴に話しかけてきたのだろう。
楽屋を去って舞台に戻っていく彼女を見送り、自らも部屋を出る。
早く帰ってやりたかった。医師はなるべく早くに来てくれることになっていたが、
昨晩からの大河の衰弱した様子が心配でいても立ってもいられない。
こんなことならやはり自宅に残っていればよかったと後悔する。
家を出てからほんの数時間しか経っていなかったが、昴は呼んであったタクシーに乗り込み、
自宅への道を急いだ。

 

まだサニー以外の誰にも話してなかった昴さん。
大河はやる気だけ復活。

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でもまたしてもぐったり……。

 

 

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