ぼくのひかり 君の青空 21

 

 

 昴はベットの中で大河の様子を伺っていた。
夜中に何度も目を覚まし、起こさないように額や頬に触れる。
「新次郎……」
普段は呼ばない名前で呼んで、自分の心を落ち着かせる。
それでも心配と不安で、昴の鼓動は徐々に荒くなっていった。
彼の呼吸が、いつもよりも浅く、速い気がするのは気のせいではない。
深夜に何度も呼吸数を計った。
確認するたびに、実際に彼が衰弱していると知って辛くなる。
「どうして……」
精神的なショックから、肉体が弱ってしまったのだろうか。
医者は目の他は何も異常はないと言ってくれたし、大河自身も何も訴えなかった。
とにかく明日はまた医師が診てくれる事になっていたから、もっと詳細に検査をしてもらおう。
そう決めて、昴はもう一度大河の頬に触れた。普段よりもずっと冷たい。
「たとえ君が……」
一生目が見えないままでも、昴はかまわなかった。
「……ずっと傍にいるから」
何も、変わらない。
だから早く元気になってくれ、と、心の中で祈る。

 

 もう丸2日以上、大河は何も口にしていなかった。
朝、目が覚めると異様に体がだるい。
体も熱っぽく、それなのにとても寒かった。
喉が渇いてひりつき、体が鉛のように重い。
そのせいで体を起こそうという気力も沸いて来ない。
相変わらず視力は戻っておらず、目覚めても周囲は洞穴の底にいるように真っ暗なまま。

 「大河、目が覚めたのかい?」
昴は先に目を覚ましてベットから降りていたようだった。
「はい」
返事をしたつもりだったが、声がかすれて音にならなかった。
「まだ顔色が悪いな……」
昴の声と同時に手の平が額に触れる。
「起きられるなら一緒に朝食を食べようと思ったのだけれど」
「ごめんなさい、起きたばかりだとお腹がすかないから……」
前日と同じ言い訳をしたが、声量は昨日とはまるで違っていた。

 「今日はシアターに少し顔を出したら昼前に戻るよ。先生は午後に来てくれるはずだ」
本当は、医師だけに来てもらい、昴はシアターに残る予定だったが、こんな状態の大河をいつまでも一人にしておけない。
状況の説明をしてすぐに帰ってくるつもりだった。
「ぼく大丈夫ですから、昴さんはいつもどおりに仕事をしてきて下さい」
大丈夫だというその声が、いまにも消えてしまいそうなほどにかすれている。
体を起こす事さえしない。大河は辛そうにぐったりと横になったまま、小さな声で話した。

 「心配しなくてもいい。トレーニングは順調だ。予定よりも進んでいるぐらいだよ」
そう言ってやると、大河は嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「よかった……。楽しみだな……」
彼の笑顔見ると昴の胸が締め付けられるようにきりりと痛んだ。
大河の事が心配で冷静で居られない。
「すぐに帰ってくるからね」
後ろ髪を惹かれる思いで部屋を後にする。

 

 昴が部屋を出て行った後、大河は再び目を瞑った。
驚くほど静かで、先日まで聞こえていた空気の音や、わずかな機械音も聞こえなかった。
ときおり耳鳴りが頭の中を右から左へと流れていく。
起きなければと考える。起きて、何かを口にして、昴を安心させなければ。
せめて水が飲めればいくらか体が楽になるはず。
なによりもこれ以上昴に嘘をつきたくなかった。そして、大河は聖と違って死を望んでいなかった。
何か食べなければ。
もう一度、思う。

 再び夢がやってきても、もう夢と現実の差はほとんどなかった。
どちらの自分も、目が見えず、何も食べず、ぐったりと横たわっている。

 

 

 

 聖はゆっくりとやってくる死に身をゆだねて満足感を味わっていた。
もうすぐ。もうすぐ君の元へと行ける。
その想いだけが頭の中を何度もめぐった。
ぼくとの再会を、君は喜んでくれるだろうか。
どうか前のように笑顔で迎えて欲しい。

 

 聖の思考が頭に流れ込んできた時、大河は怒りで目を覚ましそうになった。
ぼくは、まだ死にたくない。
心の中で全力で叫ぶ。
ぼくの愛する人はここにいる!

 聖の心が再び重なる。
……君の元へ行ける。

 どこにも行きたくなんてない!

 こんな風に、夢の中の自分に抵抗し、何かを訴えようとしたのはこれが初めてだった。
頭の中をめぐる過去の映像。活動写真と同じで、外からは一切の影響を与えられないとわかっていたからだ。
自分の思い出と同じように、過去の出来事は変えられない。
だが、どうしても叫ばずにはいられなかった。

 あなたが死んでも、あなたの愛する人は絶対に喜んでなんてくれない!
悔しくて涙が零れる。どうしてこんな簡単な事があの男にはわからないのか。
ぼくはあなたとは違う。ここで死んだりしない。

眠ったままの大河の枕が、流れた涙で湿っていく。

 

 聖は薄く目を開けた。今、何か聞こえた。
気だるい体を無理に起こすと、その声は前より一層はっきりと聞こえた。
声は頭の中から聞こえるようであったが、そうでないようにも思えた。
胸の奥、心のどこか。はるか遠い知らない場所から音にならずに消えていく。
不思議な感覚だった。かぎりなく自分の思考のようだったが、そうではないとはっきりわかる。
「お前は誰だ……」
呟くように話しかけるが、相手には聞こえていないようだった。
意識を集中すると、頭の中にぼんやりと少年の映像が浮かぶ。
まっすぐに立ち、聖を睨みつけている、その姿。
見たことのない不思議な服を着ていたし、子供のように泣いていたが、
その顔は聖そのものだった。
「お前は……」
「どうしてわからないんだ。あの人は、あなたに生きていて欲しいから、自分の命をかけて戦ったのに!」
視線は射るように強く、砂のように崩れ消え去りかけていた聖の心に突き刺さった。

 もう一度聖は声をかけようとしたが、少年の姿は見る見るうちに遠ざかる。
「待って、待ってくれ……君は……」
手を伸ばした時には、もう少年は闇の中に溶け込んで消え去ってしまっていた。

 

大河怒る。
聖さんびっくり。

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本格的に弱まった。

 

 

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