ぼくのひかり 君の青空 19

 

 

 昴は大河の傍らで、彼が眠っている様子を見下ろしていた。
眠っている彼は、少し顔色が悪い以外はいつもとかわらないのに。
ゆっくりとした呼吸。頬に触れると子供のように柔らかい感触が伝わってきて微笑む。

 「ん……」
大河は身じろぎして頬に手を当てた。
「昴さん……?」
今ほっぺたを触られた気がしたが、まだそんなに眠っていないはずだ。昴が帰ってくる時間には遠い。
一応名前を呼んでみたが、答えを期待してはいなかった。
けれども思いがけず返答がある。
「ごめん、起こしてしまったね」
「あれ……?」
上半身を起こして、目を擦る。
「ああ、触ってはダメだ。もう少ししたら医者が来るから」
途端に大河は昴のほうをハッと振り向いた。

 「お医者さんですか……?」
不安げに震える声になってしまっていたが、大河は自分のそんな様子にも気がついていないようだった。
「大丈夫だよ。サニーに話を通してある。みんなにも秘密にしてあるし心配ない」
昴は意識してゆっくりと言葉を選んだ。
「サニーさんに話したんですか!?」
「落ち着くんだ大河。心配ないと言っただろう? 僕を信用出来ないのかい?」
昴は大河の肩に触れた。興奮しているせいで激しく上下している。
「でも……でも、ぼく……!」
「賢人機関には知らせないと約束したんだ。ほら、ゆっくり深呼吸をして……」

 大河は昴の顔を見た。
もちろん見えていないのであてずっぽうだったが、それでも顔が見たかった。
表情が見えれば、すぐに昴の言葉を信じられるのに。
手を伸ばすと、昴はすぐにその手を握ってくれた。
「昴さん、ぼく、昴さんの顔が見たい……」
声に出して言うと、ますますその思いが強くなった気がした。
今、昴はどんな顔をしているのだろう。
悲しい表情をさせてしまっているのだろうか。
「その為にも、医者が必要だ」
昴は大河の手を自分の頬に当てる。
「治るまではこうやって触ればいい。実際に見えなくとも君なら触れるだけで僕がわかるだろう?」

 昴の言う通り、恋人の顔に触れていると安心できた。
表情は見えなくとも、指先に感情が伝わってくるから。
わずかな筋肉の動き、呼吸や温度。やさしい、心遣いが。

 

 シアターからの医師はそれから時をおかずに昴の部屋を訪ねてくれた。
大河はベッドの脇にこしかけて、その場で診察してもらった。
医師はもう何度も星組のメンバーを診察したことのある馴染み深い人物で、
大河は声を聞いて安心する事ができた。
大げさな機械の数々を持ち込んでいたが、すべて検査と治療のためだ。
それを使用して、医師は念入りに大河を診てくれた。

 「うん、もういいよ、目以外には不調はないかい?」
「……はい」
本当は食欲がない事も問題だったのだが、昴がすぐ横にいたので話さない。
「あんまり寝ているばかりではかえって体によくないから、きちんと動くようにね」
「それは僕がサポートします」
昴は医師に頷いて見せた。
「心配ないよ、大河君。ちゃんと治療法を見つけてあげるからね」
相変わらず不安げな大河を医師は励ますように肩を叩いた。
「今日はとりあえずもう帰るけど、薬と点眼を欠かさないように」

 昴は医師を玄関まで見送った。大河に聞こえない場所で二人きりで話したかったから。
「どうでしたか?」
「詳しい事はもう少し詳細に調べないとわからないけれど、見た感じ眼球にも角膜にも異常はみられない」
「ええ。僕も確認しました……」
初めて見えないと言われた時、昴は大河の目にライトをあてて調べた。
あの時も見た目には一切異常はなかった。
「夢がどうとか……。落ち着いたらあとで詳しく聞く必要があるね」
寝室までは遠かったので聞こえる心配はなかったが、それでも声を落とす。
「君達は一般の人とは少々違っているから、夢とはいえ馬鹿に出来ない」
「わかっています。僕からももう一度聞き出してみます」

 去っていく医師を見送って、昴は寝室へと戻った。
大河はベッドから立ち上がって居間へと向かおうとしている様子だ。
「起きるのか?」
「はい。あんまり寝てたら体がなまっちゃうし……」
笑顔を向けられて、昴はまた胸が熱くなった。
「じゃあ、一緒にテレビでもみようか。絵の解説は僕がしてあげるよ」
「そういえば昴さん、どうしてこんなに早くに帰ってきちゃったんですか?」
手探りで進みながら、大河は叱るような口調で言って口を尖らせる。
「なんだ、帰ってきて欲しくなかったのか?」
昴は大河を助けるために隣に立ち彼の腰に触れる。

 昴の助けを借りながら、大河はゆっくりと進んだ。
「……帰ってきて欲しかったですけど……」
寂しくて本当に昴が恋しかった。
「でも……ぼく、今度のレビューが楽しみなんです」
初めて本格的に演出に参加させてもらえたショウだ。
「もうあんまり日にちがないし、ぼくは大丈夫ですから、昴さんは仕事に戻ってください」
成功してほしい。自分のせいで上手くいかなかったらそんなに悲しい事はない
「レビューの初日までには絶対に治って見せますから」
「そうか……。君がそう望むのならそうしよう。でも今日はここにいるよ」
居間にたどり着き、昴は大河をソファへと座らせた。
「僕もたまにはさぼりたい。半休ぐらいは許してくれるだろう?」
顔を覗き込むと、大河は嬉しそうに笑っていた。
「はい! えへへ、さぼってテレビか。サニーさんにばれたら怒られちゃいますね」
「そうだな……」
以前と変わらない大河の笑顔。
変わらないはずなのに、何かを耐えているように見えた。

 堪えている彼に気がつかないふりをして、昴は大河の肩に頭を乗せた。
以前、何度もそうしてきたように、自分のすべてを委ねる。

 戦闘中でも、日常でも、君の目が見えない今この瞬間も、
九条昴は君にすべてを委ねることができる。
心の中で、自分と彼とに話しかけ、昴は手を伸ばして大河の指先を強く握った。

 

食べてないけど元気な大河。
運動した方がいいよ。

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疲れそうだけど昴さんはがんばるよ。

 

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