ぼくのひかり 君の青空 17

 

 

 昴はシアターに到着するや、真っ先に司令室へと向かった。
エレベーターを降り、場違いな日本庭園を目にして、不意に目頭が熱くなる。

 大河が、そこに立っているような気がした。
いつものように振り向いて、笑顔でおはようございますと、声をかけてくれる気がした。
毎朝のようにそこで会っていたので、そんな幻が見えた。
実際の彼は、昴の部屋で一人不安と戦っているはずだった。
曇った視界を遮るように目を瞑り、涙が零れそうになるのを堪える。

 「おや、おはよう昴、今日は早いね」
背後から声をかけられ、昴は振り向いた。
「サニー……」
思いがけず、苦しげな声が出てしまう。
昴を見たサニーサイドは眉を上げた。
「なんだい、ひどい顔じゃないか」
「話があるんだ……」
「だろうね。とにかくここじゃ問題ありそうだ」
サニーサイドが司令室へと向かって歩き出すと、昴は何も言わずに大人しく付いて来る。

 サニーは自分のデスクには座らず、来客用のソファに腰掛けた。
向かい側を昴に指し示す。
昴が大人しく座ったのを確認し、先を促した。
「で? 何があった?」
昴の様子は普通ではなかった。
星組の中でも昴との付き合いは長い方だったが、この謎に満ちた人物の、こんな表情を見るのは初めてだったから。
否。
初めてだと考えた瞬間、一度だけこんな表情を見た事があったと思い直す。

 昴が今現在恋人として交際している大河新次郎。
彼が戦闘で瀕死の重傷を負ったとき、昴はこんな顔をしていた。
「大河君がどうかしたのかい?」
だからこう聞いた。
昴が己を失って人間らしい表情をするのは、良くも悪くも大河新次郎が関わっている可能性が大だ。

 「サニー、今日大河は仕事に来られない……」
「欠勤? 理由は?」
「今日だけじゃなく、当分休む事になるかもしれないんだ……」
サニーは首をかしげた。
前日に彼に仕事を頼んだ際、彼は山積みの書類に文句を言ったが、
それでもかなりのスピードで丁寧に仕上げ、十分に満足行く仕事をしてくれていた。
特に不調でもなさそうだったのに。
舞台の演出の仕事をまかされて、普段以上に張り切っている姿を毎日のように見かけてもいた。
「休む事になるかもしれないって事は、来る可能性もあるってことかい?」
「ああ。治れば……」

 「治れば……? 大河君、どっか調子悪くした?」
サニーサイドの言葉に、昴は目を伏せる。
「……大河には、誰にも言うなと言われている……」
「でも、言う為に来たんだろう?」
そうでなければ昴が朝一番に会いに来るはずがない。
「サニー、話を聞く前に約束してくれないか。僕が話したことを、当分の間外部に漏らさないと」
「賢人機関にもって事かい?」
「そうだ」
「話の内容によるね」

 サニーサイドの回答は、まったく昴の予想通りだった。
彼自身、昴が予想していることをわかって答えているだろう。
だが、今の昴には彼の力がどうしても必要だった。
星組の治療全般を任されている医師団。
通常の医者よりもずっと優れた技術と科学力を備えている。
彼らに大河を治療して欲しかった。
たとえ賢人機関にこの事を知られ、大河が任を解かれても。
彼はきっと悲しむだろうが、一生目が見えないよりはいいはずだ。
許してもらえずともかまわないから、もう一度、見えるようになって欲しかった。
それに大河の望み通り失明した事を黙ったままでいても、
ずっと仕事を休んでいればいつかは解任されてしまうのだから。

 

 「大河は昨日の夕方、突然目が見えなくなった」
昴は意を決したように顔をあげキッパリと言った。
「見えない……?」
サニーは組んでいた足を解き、身を乗り出す。
「だって昨日、見えてたよ?」
仕事を頼んだのだから間違いない。
「舞台の稽古の後だ。突然全盲になってしまった……」
言葉に出すと苦しくて、昴は胸を押さえる。
突然……。
本当に突然だった。
朝は普通にしていたのに。

 黙ってしまった昴を見て、サニーサイドは眉を寄せた。
昴は間違ってもこんな冗談を言わない。
「失明したって事だね?」
「そうだ。今僕の部屋にいる。頼む。医師をつけてやってくれないか」
搾り出すようにそう言って、下唇を噛む。

 「原因はわからないのかい?」
「それを調べるためにも医師に見て欲しい」
サニーサイドは立ち上がり、顎に手をあてた。
大河新次郎。
若い日本人。
いつも笑顔を絶やさず、みんなの中心となって星組をまとめていた。
今は隊長としてここに配属されていたが、失明したとなると置いてはおけない。
サニー自身は大河の事をかなり信頼していたし、かってもいたが、
都市防衛は盲目の隊長を置いておけるほど甘い物ではなかった。

 「……賢人機関に知らせる必要がある」
サニーサイドはもう一度ソファに腰掛けた。
「わかってるね?」
「わかっている。でも頼む、少しだけでいいから報告は待ってくれ。治るはずなんだ……。もしかしたら明日にでも……」
搾り出すように声を出す。
必ず治るはず。それだけが希望だった。
大河の見ている夢。
本当に夢が原因ならば、治るかもしれない。
昴は知りうる限りの事を話した。

 

 「……夢ねえ……」
サニーは溜息を吐いて背もたれに体を預ける。
「大河はそれで治ると信じている」
「じゃあ医者は必要ないんじゃない?」
「いや、精神的なものなら、ちゃんと治療すれば夢を待たずに回復できるんじゃないかと思う」
それに、大河が見続けている夢はとても危険な物だと昴は感じていた。
夢の中の大河が視力を失えば、現実の彼もそうなる。
では、もしも、大怪我をしたら、
考えたくもないが、命を失うような事もあるかもしれない。
だからなるべくなら現実に頼った治療をしたかった。

 「……1週間だね」
「十分だ。今日帰宅する際に医師を連れて帰る」
昴は立ち上がった。
もっと、短い期間を切られると思って覚悟していた。
「うん。必ず治して帰ってくるように伝えてくれる? 命令だから、きちんとね」
「わかった。伝える」
頷いて司令室のドアに手をかける。
「ああ、それから昴。今日はもう帰っていいよ。準備出来次第、医者を家に向かわせるから」
振り向いた昴に、サニーは肩をすくめて両手を広げた。
「仲が良すぎてそろって風邪引いた事にしとくよ。明日の事はまた連絡してくれ」
「……ありがとう、サニー…」
「よしてくれ、昴に礼を言われるなんて気味が悪いよ」
サニーサイドは自分の肩を抱いて大げさに震えてみせた。
「これはボクの為だ。大河君がようやく使えるようになったのに、また違うのを一から教育するなんてゴメンだからね」
昴は薄く微笑む。
「君は一度も教育なんかしなかっただろう? サニーサイド」

 日本人らしく、優雅にお辞儀をして、昴は司令室を出て行った。
それを見送って、サニーサイドはもう一度ソファに深く腰掛ける。
1週間だけ待つ。
本当はもう少し時間をやりたかったが、そんなに長い間賢人機関をごまかせない。
定期的に行っている訓練のデータを送付しなければならないからだ。
一度ならば不調を理由に逃れられるだろうが、それ以上は厳しい。
「必ず治せよ大河君……。次に送られて来る他の隊長は多分君ほど面白くないだろうからね」
立ち上がり、電話を手に取る。
とりあえずは、急ぎ口の堅い医師を一人選出しなければならない。

 

 

日本庭園は掃除のやりがいがありそうです。
次回はお留守番する新次郎。

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普段の隊長は暇そうです

 

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