ぼくのひかり 君の青空 15

 

 昴と大河は広いベッドの中で一緒に眠ることにした。
もう大河は何度かここで寝たことがあったし、今更別々に寝ることはないだろう、と昴が提案したのだ。
「本当にごめんなさい……」
恐縮する彼に笑ってみせる。
だが、彼の真っ黒な瞳が翳ったままなのを見て思い出す。
笑顔を向けてやっても、今の彼には伝わらない。

 そう思うと、今更ながら昴の胸になんとも言えない感情が押し寄せてきた。
同情ともちがう。
あえて言うならば喪失感だろうか。
自分が失ったわけではないのに、きっと自分自身が視力を失うよりも辛かった。
彼に自分を見て欲しい。
演技ではなく笑えるようになったのは、すべて大河のおかげなのに。
見てもらえないなんて意味がないじゃないか。

 そう考えてしまうと、不意に涙がこみ上げて来そうになって強く目を閉じる。
溜まっていた涙が一粒、瞼に押されて堪えきれずにスルリと落ちた。
泣いても彼には見えない。
その事実がまた感情を高ぶらせ、もう一粒、涙が細い顎を伝う。

 声をかけてやらねばと思えば思うほど、胸が苦しくなった。
息を吸うとそれがそのまま嗚咽になってしまいそうで呼吸を止める。

 今ごろ泣いてどうする。
昴は己を叱咤した。
彼を励ましてやる事が、今、自分に出来る唯一のことなのに。

 

 「一緒に寝られた方が僕もうれしいよ」
呼吸を整え、静かに話す。
「だったらいいんですけど……」
大河はようやく笑顔を見せた。
少し困ったような、そんな笑顔ではあったが。
黒曜の瞳は前と変わらず輝いている。
昴は普通の声が出せたので自分に満足していた。
裏返ったり、詰まったりせずに。

 二人で布団に潜り込んで、天井を見つめた。
もちろん大河には何も見えていなかっただろうが、目を開いて上を見ている。
おだやかな顔をしていたが、心の中はきっと不安でいっぱいのはずだった。
昴はそんな彼の様子をみて不安になった。
余計な事をあれこれ考え込んでしまっていなければいいのだけれど。
ぐっすり眠って夢の続きを見られれば、元に戻るかもしれないのだから。
そういえば、大河は夢の中で自分は僧侶だったと言っていた。
意外なように思えるが、もしかしたら軍人よりも似合っているかもしれない。
やさしい心や、温和な表情が周囲を和ませるだろう。

 「なあ、大河」
「はい」
昴は仰向けになったままで話し出した。
「夢の中で、君は僧侶だったと言ったね」
「……はい」
とたんに大河の声に、わずかではあるが警戒している緊張が含まれる。
「それは日本の僧なのかい? それとも外国の? 牧師のような……」
昴は努めて柔らかい声を出した。
追求しようというのではない。ただの、世間話だと思って欲しかった。
「いいえ、日本の、ずっと昔の僧でした。旅をしていて……」

 大河は夢の内容を思い出そうと目を閉じた。
頭の中でなら映像が浮かぶ。
愛する人を失って彷徨い旅をする聖。
「ひとりで旅をしていました……。さみしかった……」
「そうか。夢だと、孤独が余計に寂しい物かもしれないな」
夢とはそういうものだ。
喜びも、悲しみも、現実よりもダイレクトに心に響く。
それはきっと、精神が直接見せるものだから。
感情を抑えようとする理性が働かず、心を直に震わせる。

 「昴さんがいてくれたら、きっと寂しくなかった……」
あなたがいない事が寂しくて、旅に出た。
「昴さんが……」
失ったことに耐えられなくて、見知らぬ土地をさ迷い歩く。
「いなかったから……っ」
今隣にいるこの人が、消え去ってしまった世界。

耐えられない。
とても、そんな世界では生きていられない。
今更ながら聖の絶望が、重く冷たく圧し掛かる。
もうあれは過ぎ去った過去のはずなのに。
今の自分には関係のない事なのに。
視力を失ったのも当然の報いのような気がしてくる。
あの人を失った自分のせい。すべて自業自得なのだと。
今の大河には流れ込んでくる悲しみが、聖のものなのか、それとも自分自身の物なのか区別がつかなかった。

 

 「僕はここにいるよ」
暗闇の中、不意に昴の声が響いた。
続けて、やわらかな腕が触れる。
とたんに昴のやさしい感情が大河の中に流れ込んできた。

 

 「ここにいるから……」
昴は大河の頭をそっと抱きかかえた。
胸に押し当てて、ゆっくりと撫でる。
「大丈夫。ずっと一緒だ。夢の中とは違うよ。君を一人になんかしない」
抱きしめて、抱き寄せる。苦しいのではないかと思えるほど、力をこめて抱いた。
「愛しているよ。大河」
しっかりとした大河の肩。
自分よりもずっと大きく、頼りにしていたその肩が、怯え震えている。
「ここにいる……」
押し殺した嗚咽の声。

 昴は決意を新たに大河を抱きしめ続けた。
この先どうなろうとも、九条昴は、大河を手離したりはしない。
彼が自分で離れようとしても。だ。
決してこの手を離さない。

 

頼りになる昴さん。
この先は頼りになる新次郎に戻れるように私もがんばろう。
話はちょうど折り返し地点ぐらいでしょうか。

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ぎゅーってしても昴さんは胸がないから大丈夫。

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