ぼくのひかり 君の青空 14

 

 

 「夢を見るとどうして目が治るんだ?」
昴が重ねて質問すると、大河は顔を上げた。
「……実は夢を見ていたんです。ここの所ずっと」
「ずっと同じ夢?」
「内容は同じではありませんけれど、物語のように続いている夢です」

 話さないわけには行かない。
昴にずっとすべてを隠しておくわけには。
ただ、前世に関係している事は言いたくなかった。
その部分だけはなんとか省いて説明したい。
言葉を選びながら慎重に話す。
「夢の中でぼくは僧侶でした。そこで、目の見えない女の子を助けたんです」
「君が……?」
大河は頷く。正確には、夢の中で少女に視力を与えたのは大河ではなく聖であったが。
「自分の見る力を彼女に貸して、そのあとすぐに返してもらうはずなんです」
「貸し与えたって……。子供を治して自分は目が見えなくなったのか?」
「はい。でもすぐに、返してくれるはずです」
自分に言い聞かせるように繰り替えす。
「夢は、視力を貸し与えたところまでだったんだな? それがまだ続いている?」
「……はい」

 本当は、夢はもう少し先まで進んでいた。
帰ってこなかった親子。
真っ暗な、夢。
「だから夢の続きを見られたら、ぼくも治ると思うんです」
「そうか……」
昴は納得したのか、しばしの間黙っていた。
それ以上の質問をされなかったので、大河はほっと息を吐く。

 

 昴は大河の話を頭の中で反芻していた。
夢……。 
どうしてそんな夢を……。
しかも、ただの夢ではなく、現実の肉体に影響を与えるような強い影響力のある夢。
とても危険な物だ。

 大河はずっと続くそれを見続けていたと言ったが、なぜ今まで黙っていたのだろう。
ただ単に危険に気がついていなかっただけなのだろうか。
それに目が見えなくなった原因や、治ると確信している理由を、どうして今まで言い渋っていたのか。
繋いだ大河の手の平はまだ冷たく、緊張が解けていないことが分かった。
まだ何かを隠している。
だがいまはこれ以上の追求はしないほうがいい。
今日一日、大河は大変な緊張を強いられてきていた。
もしも眠って、夢とやらの続きを見られて、明日の朝に大河の目が治癒しているのならそれでいい。
少なくとも彼が話してくれたことに嘘はないようだった。
大河は嘘をつくのがヘタで、すぐに表情に出るから。

 昴は彼の手を軽く叩いて放した。とりあえずもうこれ以上の追求はしないという合図だ。
「さてと、シャワーはどうする? 使えるかい?」
「昴さんが出たらやってみます」
「いや、入るなら先に使ってくれ。僕はここを片付けるから」
「わかりました。自分で洗面所まで行ってみます……」
大河は立ち上がってテーブルを手の平で探りながら歩き出した。
昴の部屋のシャワー室は以前に何度か使用した事がある。
だが、手探りしていたテーブルが途切れると、とたんにどうしていいかわからなくなってしまった。

 たしか、数歩先にカウンターがあるはずだった。
どれぐらい離れていただろう。
すり足で一歩前に進む。
手を伸ばしてみても目当ての物は見つからない。
何もない空き地に放り出されてしまったような不安感が襲う。
勇気を出してもう一歩進むと、手の平に硬い物が当たった。
安堵してそれにしがみ付く。

 この前までなんとも思っていなかった部屋が、今は得体の知れない空間に思えて恐ろしかった。
目が見えないとは、こんなに何もかもが分からない物なのか。
昴が傍にいるはずだったが、それさえももう分からなかった。
乾燥したエアコンの空気が循環しながら頬を撫でる。
冷蔵庫の静かな唸り声が部屋の壁に当たって低く反響していた。
いつもはまったく気がつかなかったことは異常に敏感に感じるのに、
今、最も必要な情報は何一つわからなかった。

 昴は本当にこの部屋にいるのだろうか。
ここは本当に、何度も訪れた事のある昴の部屋なのだろうか。
静かな砂漠の真ん中に放り出されてしまったような、そんな気がしてくる。
「昴さん……」
「手を貸すかい?」
「いえ、大丈夫です。……あの、お話、していてくれますか?」
声が聞こえないのが不安で前へと進めない。

 「わかった。すぐ後ろにいるよ。大丈夫」
最初の場所で見守ってくれていた昴が歩いてくる気配。
「そのまま進んで」
「はい」
近くに、昴がいる。
体温や、息遣いが聞こえてくる。
それだけでちりぢりになりかけていた心が落ち着いた。
見えないのに、昴の姿が鮮明になった気がした。

 

 大河は時間をかけて、ゆっくりと進む。
途中何度か家具に手や足をぶつけた。
(痣だらけになってしまうな……)
昴は彼の痛々しい姿が心配で、何度も手を差し伸べそうになった。
だが、きっと彼はそれを望んでいない。
重要なのは、自分がここにいることを忘れさせない事だ。
間をおかずに話しかける。
「もう少しだ。よく場所を覚えているね」
「方向、あっていますか?」
今大河は何も頼る物のない空間を歩いていた。
「あっているよ。もう何歩か歩いたら壁」
本当は、浴室のドアは大河が進んでいるよりも、もう少し東よりだった。
だが、進む方向が間違っているとは言わない。
行き止まりまで進んだら、壁伝いに進めばいいだけだ。

 ようやく浴室に着いたのは、ソファを立ち上がってから10分以上が経過した時だった。
ホテルの部屋が広いせいで時間がかかる。
「ふう……」
溜息を吐く大河に気付かれないように、昴も息を吐く。
転んだりしなくて本当に安心した。
「中は一人でも平気かい?」
「はい。やってみます」
「何かあったら遠慮せずにすぐに呼ぶんだぞ」
本当は一緒にシャワーを浴びてもよかったのだが、ここまでこられたのならば大丈夫だろう。
心配だったけれど、やたらと世話を焼くと、昴に迷惑をかけたと大河は考えて、余計に辛い思いをしてしまう。
こんな状況ではあったが、少しでもゆったりとした気分で過ごして欲しい。
目が見えない間は、絶対に大河を一人で彼の家に帰したりしないつもりだった。

 

少しは元気になったでしょうか。
昴さんはハラハラ。

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サジータさんの部屋だったら新次郎は歩けなかったね。私の部屋なんか言語道断ですよ。

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