ぼくのひかり 君の青空 13

 

 

 「夕飯はどうする?」
昴は大河をソファに座らせて、彼の正面にしゃがみこむ。
「いえ……。まだお腹がすかないから……」
「待っていても腹が減るとは思えないな。何か食べた方がいい。パンでいいかい?」
パンならば、目が見えずともさほど苦労せずに食べられると考えたのだ。
大河は前を向いたまま頷いた。
「おまかせします」

 食事はそれほど待たずに届けられた。
ウォルターはドアマンに大河の様子を聞いていたのだろう。
心配そうにしていたが、昴がなんでもないと言うと、それ以上聞くのをはばかってかすぐに部屋を退出してくれた。
「パンは何を塗る?ジャム?バター?」
「ぼく……」
やっぱりいりません、と言おうとしたのだが、昴はテーブルに乗せられた彼の手を掴んだ。
「これはミルク。ほら、自分で持って」
「昴さん……」
「世話をやいてやるのは最初だけだぞ」
大河がミルクの入ったコップをきちんと手に取ったのを確認し、頷いて笑った。
「零すなよ。目が見えなくても、零したら拭いてもらうからね」

 昴はトーストにジャムを塗り、大河の前の皿に置く。
「今、目の前の皿にパンが乗っている。自分でとってごらん」
「でも…」…
「僕のおごりの夕飯を食べない気じゃないだろうな」
強い口調で言うと、彼は両手で持っていたコップを脇に置き、テーブルの上をさぐるようにして少しずつ指を前進させる。
皿に触れ、そのままわずかに上へ。
「あ……」
「それがパン。夕飯にジャムパンか……明日も見えないようならもう少し考えないと」

 大河は、指に触れるパンの触り心地に戸惑っていた。
見えないとこんな風に感じるのだろうか。
指先にすべての神経が集まっているようだった。
パンの表面のざらざらした感触。毎日のように触れていたのに未知の物質のように思えた。
口元へとそれを運ぶのは少しだけ緊張した。
見えなくともそれぐらいは簡単だと思っていたが、案外難しい。
ようやく口内に収まったパンは、思ったよりも奥まで入ってしまった。
「んむ……」
「ふふ、難しそうだね」
昴が、静かに笑う声。
その声を聞いたら、徐々に心が落ち着いてきた。

 眠れば、また夢の続きを見られるだろう。
そうしたら目が見えるようになるかもしれない。
夢の中の聖は、まだ山小屋で待つつもりのようだった。
あの親子は、この前に見た夢の中では帰ってこなかったが、
そのあともずっと帰ってこなかったかどうかはわからないのだし。

 そう考えると、少しだけ希望が見えた気がして、大河は持っていたパンを残らず食べた。
傍においてあった牛乳も、注意しながらきちんと飲み干す。
「はー……」
「満足したかい?」
「はい。心配ばっかりかけてごめんなさい……」
「まったくだ。それにしても……ふふふっ」
昴の笑い声は、演技ではなく楽しそうだった。
大河はいぶかしんで眉を寄せる。

 昴が席を立って近づいてくる気配。
隣に腰掛けてじっと顔を見ている。
「口の周り、すごい事になってるよ」
「えっ?!」
「じっとして」
頬に触れたのは昴の湿った舌。
「あっ昴さん……」
抗議しようとした口を、昴のそれで塞がれる。

 「うん……。綺麗になった」
「もう、からかわないでくださいよ」
顔を背けて赤くなっている彼は、いつもと変わった様子はなくて、
目が見えないなどとはとても信じられない。
変わりのない事が悲しくて、昴は改めて、
これから先、自分がどういう行動を取るかが重要なのだと強く感じた。

 昴はそのまま彼の隣にきちんと座りなおし、大河の手を握った。
とたんに彼が緊張したのが伝わってくる。
真剣な雰囲気を感じ取ったのだろう。
「大河……。本気で聞くから、ちゃんと答えるんだぞ」
返事はない。戸惑っているようだった。
「目が見えなくなった原因に、心当たりがあるんだな」
昼間のように疑問系ではなく、確認の意味をこめて質問する。
やはり返事はない。
彼の困惑が深くなっていく。
握っている大河の手が徐々に冷たくなってきて、昴ももう質問するのを止めたくなってきた。

 まだ、一つの答えも得られていないというのに。
「治る、と言ったのにも理由があるんだろう?」
また黙ったままかと思ったが、これには大河は頷いた。
「治ります……」
弱々しい声。

 「それは、いつ?どうやって…?」
こんな風に、質問責めにしたくなかった。
一つの問いに大河が一言しか答えてくれないので、必然的に質問を重ねなければならない。
「わかりません……わかりませんけど……。おそらく、夢をみれば……」
「夢?」
夢と、失明する事と、何の関係があるのか、昴にはわからなかった。
だが、大河はそれ以上の説明をしてはくれなかった。

 

 

大河は普段隠し事が苦手でも、
絶対言わないと決めたら何がなんでも言わないのでやっかいだと思う。
隠してるのがばれても言わないよ。

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厳しくするのはちょっと迷うかも。

 

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