ぼくのひかり きみの青空 6

 

 

 ふもとで出会った僧侶と再び山小屋で出会い、目を貸す、などと思いもよらぬ事を提案され、
娘は何をされるのかわからずに大変緊張していたのだが、聖の手の心地よさに徐々に心が落ち着いてきた。
額に聖が触れたすぐあとから、彼の手の平が当たっている部分を中心に、
じんわりと伝わって来る暖かいものを感じる。
今まで経験したことのない、心から安心できる暖かさだ。
そしてその手の平が、とても柔らかい事にも気が付いた。
自分や家族、近所の友人達、そのどの手とも違っていた。
畑仕事をしない僧侶の手とは、みなこのように柔らかい物なのだろうか。
考えていると、手の平の温かさはどんどんと増していった。
「……熱い……」
ついそう口に出してしまったが、驚いていただけで不快ではなかった。
むしろ安堵感が増していた。

 不意に、自分の中でなにかがはじけたように感じた。
ぱちんと、何かが切り替わったような。
その瞬間、体内を眩しい光が包み込んだような錯覚を覚える。娘は思わず声を上げそうになった。
目が見えないはずなのに、体中で光を感じる。
とても不思議な気分だった。
それも、日の光を直視した時に感じるような目を焼く眩しさではない。
熱く、やさしく、そして力を持った光だった。

 

 「さあ、目を開けて御覧なさい」
僧侶に言われ、心臓が跳ね上がる。
彼が、宛がっていた手を離す気配。
「大丈夫ですよ。さぁ」
「は……はい……」
娘は恐る恐る目を開ける。

 「……どうなんだい……?」
目を開いたきり呆然と口を開いて固まってしまった娘に、
待ちきれず母親が声をかける。
それでも娘は黙ったままだった。
母親がもういちど口を開きかけた時、娘がようやく溜息と共に言葉を発した。
「見える……」
小さな声で呟く。
「見える!母さん!」
娘は叫んで母親に抱きついた。

 古い山小屋。
木でできたその建物。
木目の一筋一筋までもが鮮明に。
小さな窓から覗く外の景色。
娘は思わず立ち上がった。
色鮮やかな世界。
草の緑。
大地の茶。
視力を失って忘れていた物が次々と視界に入ってくる。

 

 「……お好きなだけ堪能していらっしゃい」
声を掛けられ、娘は目の前に鎮座している僧侶を見た。
声も若かったが、実際の見た目もかなり若かった。
それがこんな素晴らしい力を持っているなんて。
いったいどれほどの実力者なのだろうか。
「お坊様、ありがとうございます…。必ずお返ししますから、お坊さまの目を、少しだけ、お借りします」
娘はそう言うと、感激のあまり声も出ない様子の母親をひっぱって小屋を出た。
早く、早く外の景色が見たかった。

 

 

 

 大河は客席で目を覚ました。
眠りが深かったせいでまだ目を閉じていたが、意識が徐々に戻ってくる。
もうみんなの練習は終わってしまったようだった。
静かだし、誰の気配もない。
瞼を落としたまま、今見た夢の事を考える。
確かに夢だったし、活動写真を見ているように他人事のように感じた。
朝はこれが過去の自分が実際に体験した物なのか、
それとも今の大河新次郎が、自分の記憶の断片から作り出したまったくの空想なのか、
その判断ができなかったのだが、今はきちんと分かる。
これは、本当にあった事だ。
とぎれとぎれの夢なのに、ちゃんと繋がっていたし、
何よりも負傷して意識がなかった時に見た夢と同じようなリアルさがあった。

 しばらく目を閉じたまま考えていたが、何時までもこうしているわけにはいかない。
なぜこんな夢を見るのかわからないことが不安ではあったが、
誰にも相談できないのでどうしようもない。
考えながらふと気がつく。
練習が終わったあとだから舞台の照明は落とされているだろう。
だが完全に真っ暗ではないはずだった。
それなのに……。

 普段目を閉じていても感じる、瞼を通した淡い光をまったく感じない。
大河は急に不安になった。
どくん、どくん、と、心臓が大きく鼓動している。
目を開けたいのに恐ろしくて開けられない。
まさか、まさか、そんなはずはない。
あれは夢だから、現実の…今の自分とは違う。
恐怖で呼吸が荒くなってくる。

 それでも勇気を振り絞り少しだけ瞼を持ち上げる。

 徐々に瞼を上げていき、また閉じる。
大河は何度か素早く瞬きをした。
続けて手の平で軽く擦る。
もう一度目を閉じ、また開く。

 

 何度試しても、
視界に映る世界は変化を見せなかった。

瞼を閉じても、そして開いても、

目の前にあるのは真っ暗な、闇。

 

 

最後まで書いていないので私も心配だ。

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気が付かないうちに頭に暗幕かけられたんだよ…。

 

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